0174|全米オープン 一回戦〜三回戦

八月末。ニューヨーク。

フラッシング・メドウズの空は白く霞んでいた。

湿気と熱気が、コートから立ち上っている。芝とは違う。クレーとも違う。ハードコートの照り返しは、容赦がない。

九条雅臣は、その熱の中で、静かに立っていた。

全豪オープン、全仏オープン、ウィンブルドン。

三つのグランドスラムを、九条は制した。

だから今、世界は一つの問いを持っていた。

――全米でも、勝てるのか。

年間グランドスラム。テニスの歴史において、わずかな者しか成し遂げていない偉業。

その名前が、空気に溶けるように広まっていた。

一回戦

相手は若いアメリカ人。地元の観客が大きな声援を送る。

九条はそれを、遠い音として処理した。

サーブを打つ。リターンを読む。ネットへ詰める。

すべてが、粛々と進む。

6−1、6−2、6−0。

試合後、相手選手がネット越しに手を差し出した。九条は握手した。それだけだった。

二回戦

スペイン人。ベースラインから粘り強く打ち続けるタイプ。

第一セットのみ、タイブレークにもつれた。

七対五でタイブレークを制すると、あとは九条のペースだった。

6−7、6−1、6−2。

第一セット後、解説席では「今日の九条は少し重い」という声が上がった。

だが九条自身は、何も感じていなかった。

ただ、次のボールを打つことだけを考えていた。

三回戦

フランス人。二十二歳。ハードコートの若い才能。

前半は激しい打ち合いだった。

だが第二セット中盤から、何かが変わった。

試合後、フランス人選手はインタビューでこう言った。

「第二セットの途中から、彼の目が変わった。あの目を見た瞬間、私は何かを諦めた。何を諦めたのか、自分でもよく分からないけれど」

6−3、6−1。

三回戦が終わったあと、会場の外では報道陣が詰め寄った。

「今の調子は?」「年間グランドスラムを意識しているか?」「プレッシャーは?」

九条は一瞬だけ立ち止まり、静かに答えた。

「次の試合のことだけ、考えています」

それ以上は何も言わなかった。

彼の背中が、ロッカールームの扉の向こうに消えた。

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URB製作室

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