0181|澪の五日間 二日目

前日の記事は、夜のうちに各SNSと匿名掲示板で拡散されていた。

誰かが名前を伏せて投稿したキャプチャ画像。「この人、〇〇の会社の澪ちゃんじゃない?」「知ってるかも」「マンション、あのあたり?」

朝、ドアを開けた瞬間、空気の違和感に気づいた。

マンションのエントランスを出たとき、向こうの駐車場から、誰かが駆け寄ってきた。

「綾瀬澪さんですよね?!」

反射的に立ち止まったその瞬間、マイクが顔の前に突き出された。

「プロテニス選手の九条雅臣さんと、温泉旅館でご一緒だった件について——」

「やめてください……っ」

咄嗟に身体を引いて走った。ヒールが鳴る音がやけに響く。誰かが「撮れた?」と叫ぶ声が聞こえた気がした。

本来、今日は飛行機に乗るはずだった。

カンヌ・ヨッティング・フェスティバル。明日から開幕する、年間最大の商談の場。三ヶ月前から準備してきたスケジュール。

代わりに、澪は駅のホームで息を整えながら、スマホを開いていた。

名前で検索すると、関連ワードに「住所」「顔写真」などが並ぶ。知らない人たちが、勝手に澪の生活を覗き込もうとしている。

この時点では、まだ好奇心ベースだった。「美人」「誰?」「九条に相応しい」そういう声も混じっていた。でも澪にはその温度が、すでに怖かった。

会社に行っても、誰もなにも言わない。でも視線が刺さる。「お疲れ様です」の声の温度が、前日より下がっていた。

上司は表情を変えずに資料を渡しただけだった。それが逆に、何よりの「判断」だった。

Apple Watchは、心拍とストレスのアラートを連続で出し続けていた。澪はもう確認すらしなくなっていた。

夕方、カンヌで会う予定だったクライアントからメールが届いた。

「明日、マリーナで待っています。楽しみにしています」

返信できなかった。

スーツケースは、玄関にそのままだった。

それが、二日目だった。

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URB製作室

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