0173.【Wimbledon】おかえりなさい、雅臣さん。

〈控室〉

センターコートを後にして、九条雅臣は静かな廊下を歩いた。
控室の前で立ち止まる。

ドアの向こうに、あたたかい気配がある。

未来へ進むことを、すでに選んでいた九条は、迷わずドアを押し開けた。

控室の中。

そこに、澪がいた。

白いワンピースにストローハット。
手には紙カップに入ったストロベリークリーム。

九条が入ってきたことに気づき、澪ははっと顔を上げた。
溶けかけたピンク色のクリーム。

「……ごめん。見惚れてたら、溶けちゃった。」

九条は何も言わず、彼女に近づく。

芝を駆けた王の、静かな帰還。

澪は、ストロベリーの甘い香りを纏ったまま、ただそこにいた。

九条は、そっと澪の手からカップを受け取った。
そして、彼女の額に、軽くキスを落とした。

それが、「帰ったよ」という言葉だった。

澪は、目を細めて笑った。

「おかえりなさい、雅臣さん。」

九条雅臣は、何も言わず、その声だけを、心に刻んだ。

「……見てたか?」

澪は、小さく微笑んだ。

「うん。全部、見てた。」

「……退屈だったか?」

澪は、くすっと笑った。

「ううん。すごく、綺麗だったよ。」

九条は、ふっと息を吐いた。
それは、澪の言葉を、そのまま受け止めたための、静かな呼吸だった。

澪が、そっと言った。

「ずっと、走ってたね。」

九条は、頷いた。

「……まだ、途中だ。」

澪も頷いた。

「うん。でも、大丈夫。」

九条は、澪の目を見た。
そこに、疑いも、恐れも、何もなかった。
ただ、未来を信じるまっすぐな光だけが宿っていた。

九条は、静かに笑った。
ほんの、わずかに。

そして、言った。

「……行こう。」

澪は、そっと、手を伸ばした。
九条は、その手を、確かに握った。

未来は、まだ遠い。
だが、もう一人ではない。

二人で、どこまでも、進んでいける。

芝の王と、その女神は――
静かに、未来へ向かって歩き出した。

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URB製作室

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