0182|澪の五日間 三日目

今日、カンヌのフェスティバルが開幕した。

澪が知っているのは、それだけだった。

カーテンを閉め切った部屋で、スマホをテーブルに伏せたまま、ソファに座っていた。

昼ごろ、ネット上の空気が変わった。

誰かが掘り起こしてきた。

中学時代、澪が学校に行けなかった時期のこと。当時の同級生を名乗るアカウントが、掲示板に書き込んでいた。事実だけが、文脈なしに晒されていた。

「不登校だったらしい」「暗かった」「友達いなかったよね」

それが、テニス選手の「謎の女性」という文脈に乗って、拡散されていった。

澪は画面を見るのをやめた。でも、見なくても分かった。

自分の一番痛かった時間が、見知らぬ人たちのコンテンツになっている。

夕方、スマホのロック画面に、ひとつだけ目が止まった。

「不在着信:九条雅臣」

その文字を見た瞬間、なぜか涙が出そうになった。

彼は知らないはずだ。今、澪がどんな状況にあるのかを。

でも、かけてくれた。それだけで、救われる気がした。

澪はメッセージを打った。

「カンヌヨットショーで忙しくて。ごめん。優勝、本当におめでとう」

指先で嘘をつくのは、簡単だった。

カンヌにいるはずだった。本当なら、今夜はマリーナ沿いのレストランでクライアントと食事をしていたはずだった。だから嘘は、全部リアルに説明できてしまう。

彼はきっと「そっか、忙しいんだな」で終わらせる。

澪が仕事に誇りを持っていることを、なんとなく知っているから。

送信して、スマホを伏せた。

彼は知らない。この状況を。この恐怖を。自分の最も痛かった過去が、今日、晒されたことを。

(知ってたら、きっと連絡なんてしてこないはず)

その考え自体が、また澪を黙らせた。

それが、三日目の終わりだった。

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URB製作室

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