0176|全米オープン 準々決勝 vs マティアス・ヴォルフ

マティアス・ヴォルフ。ドイツ人。二十八歳。

「退屈な選手」とよく言われた。

だがそれは、彼を知らない人間の言葉だ。九条雅臣は、そう思っていた。

試合は、想定通り、長くなった。

ヴォルフはベースラインから大きく下がり、どんなボールでも返し続けた。ベースラインより三メートル後ろ。長身から放たれる198センチのリーチで、どこへ打っても追いついた。

ラリーが十球を超える。二十球を超える。

観客がざわつき始めた。

「これはテニスか?」という声が、どこかから聞こえた。

だがヴォルフは揺れない。九条も揺れない。

ただ、ボールを打ち続けた。

第一セット、6−4。九条が先取した。

だが第二セット、ヴォルフが変えた。

後方から守るだけではなく、突然のドロップショットで前に出た。崩れた体勢から放ったリターンが、線上に落ちる。サーブは190キロを超えた。

「計算型」とも呼ばれる選手だった。

苦しい場面ほど、最適解を見つける。

3−6。九条が第二セットを失った。

第三セット。

ヴォルフがベンチでタオルを手に取りながら、静かに笑った。

「君は短く終わらせたいだろう。残念、僕は長いのが得意なんだ」

その言葉は、自分自身に言い聞かせるようでもあった。

だが九条は聞いていなかった。

彼はすでに、次のサービスゲームのことを考えていた。

6−3。

第四セット。

ヴォルフは最後まで粘った。ドロップで崩し、フラットで押し込み、ゲームカウントを五分まで引き戻した。

だが九条には、ブレークポイントで変わる何かがあった。

大事な局面で、静かさが深くなる。

プレッシャーが、彼にとって燃料になっているかのようだった。

6−4。

試合後のインタビューで、ヴォルフは笑って答えた。

「彼は冷静だと言われる。僕も冷静だと思っていた。でも今日は、彼の方が静かだった。その差だよ」

記者が「ベストゲームだったか?」と聞くと、ヴォルフは少し考えてから言った。

「負けた試合をベストゲームとは言わない。だが、全力を出したことは確かだ」

準決勝まで、あと一試合。

九条はロッカールームで、一人で座っていた。

右手を、静かに握り締める。

次の相手の名前が、頭の中で静かに浮かんだ。

――ライアン・グリフィス。

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URB製作室

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