夜中——ようやく、浅い眠りに落ちた頃。
澪は夢を見た。
九条から届いた、一通のメール。
件名はなかった。ただ、本文が表示されていた。
「これ以上の関わりは控えた方がいいと判断しました。今回の件で迷惑を被った関係者も多く、整理が必要です。これが最善だと思います」
「……やだ……」
口の中で呟いたその声で、目が覚めた。
夜が、終わっただけだった。眠れた実感はなかった。ただ、何度も目を覚ましながら朝が来るのを待っていた。
喉の奥が焼けるように痛い。涙で眠ったことを、身体だけが覚えている。
ロキソニンだけを水で流し込んだ。何も食べていない胃が悲鳴を上げたが、無視した。
ファンデーションが乗らない肌をなんとか誤魔化して、マスカラをする手は震えていたけれど、「普通の顔」を作る努力だけはやめなかった。
髪をとかし、コートを羽織る。それだけで精一杯の身支度。
外に出るための形だけを整えて、家を出た。
駅までの道は、晴れていた。空の青さがうらめしいほど澄んでいて、風だけが正しい季節の匂いを連れてくる。
人波にまぎれながら、鞄の中でスマホがわずかに熱を持っていた。音も振動も切ったまま。
画面には触れていないのに、ロック画面がふっと光った。
通知の数だけが、無言で増え続けていた。LINE、メール、留守電、非通知の着信。そして——
「不在着信:九条雅臣」の文字も、またひとつ増えていた。
指は動かなかった。心の奥で、何かがひび割れていく音がしただけだった。
電車の到着を告げる音が遠くで鳴る。
ホームの床が、ぐらりと揺れたように感じた。
目の前の空間が急に遠くなり、重心がぶれる。冷や汗が背中を伝い、口の中が乾く。
「あ、」
思ったときには、膝が崩れていた。足が、床を捉えないまま倒れ込む。
硬い衝撃音。そして、視界が黒く滲んでいく。
手首のあたりで、Apple Watchが赤く光った。自動で緊急通報モードに切り替わる。登録された緊急連絡先へ、信号が送られていく。
「彼に、会いたい。」
言葉にならなかった最後の声だけが、どこか遠くで、まだ現実に触れていた。
その想いを残したまま、澪の意識は、音のない場所へ沈んでいった。
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