0177|全米オープン 準決勝 vs ライアン・グリフィス

「九条はロボットだ」

試合の三日前、ライアン・グリフィスはSNSにそう書いた。

百万件を超えるいいねがついた。

ライアン・グリフィス。アメリカ人。二十六歳。

「現代のマッケンロー」と呼ばれる選手だった。

試合をスポーツとして捉えず、エンターテインメントとして捉える。負けず嫌いだが、戦績よりもバズりを優先する。ATPツアー屈指の罰金王で、常に話題の中心にいた。

そして今日は、全米オープンの準決勝。

会場は、アーサー・アッシュ・スタジアム。
収容人数二万三千人。

その全員が、グリフィスの味方だった。

「グリフィス!」

コールアナウンスが流れると、スタジアムが揺れた。

グリフィスは両手を広げ、観客に向かって笑いかけた。

「声が小さい! もっとくれ!」

さらに大きな歓声。

次いで、九条の名前がアナウンスされた。

拍手はあった。だが、明らかに少なかった。

九条は、それを気にしなかった。

彼にとって、観客席の音は、風の一部だった。

試合開始。

グリフィスのプレーは速く、派手だった。攻撃的なベースライナー。先に主導権を握り、観客を沸かせる展開を好む。ミスをしてもガッツポーズをし、相手にウィナーを打たれたときでさえ「いいショットだ」と叫んで観客の笑いを取る。

だが九条には、それが届かなかった。

九条は感情に反応しない。

怒りも笑いも、彼のペースを変えなかった。

6−3。第一セットを九条が取った。

第二セット、グリフィスが変えた。

観客をさらに煽り、己のサーブゲームで会場全体を乗せた。グリフィスの試合は、会場一体となった瞬間に加速する。その圧力が、相手のミスを引き出す。

「お前らの声が俺のバッテリーだ!」

チェンジオーバーでグリフィスが叫ぶと、観客が爆発した。

だが、九条は変わらなかった。

チェンジオーバーでタオルを受け取り、静かに水を飲み、次のゲームのことだけを考えた。

スタジアムの熱は彼の周囲で燃えていたが、九条の内側には届かなかった。

6−7。グリフィスがタイブレークで第二セットを取った。

第三セット。

グリフィスは煽り続けた。サーブを打つ前に観客を待たせて笑わせる。ミスのあとに大げさなリアクションをして笑いを取る。

だが徐々に、会場の空気が変わってきた。

九条は、ただプレーをしていた。

何も言わない。何も見せない。

喜ばない。苦しまない。揺れない。

グリフィスのエンターテインメントに対して、九条は「返答しない」という応答をし続けた。

それが、一番効いていた。

会場は依然グリフィスを応援していた。

だがその応援の中に、少しずつ、静けさが混じってきた。

――どちらが本物か。

その問いが、スタジアム全体に広がっていた。

6−4。九条が第三セットを取り返した。

第四セット。

グリフィスは最後まで本物だった。

演技ではなく、本気で勝ちたかった。自分の庭で、全米の観衆の前で、世界最強と呼ばれる男に勝ちたかった。

だが九条は、もう別の場所にいた。

6−2。

試合終了。

グリフィスはネット前に来て、静かに手を差し出した。

さっきまでの挑発はなかった。

「いい試合だったよ」とグリフィスは言った。

九条は、握手した。そして静かに言った。

「あなたは、いい選手だ」

それが九条の、精一杯の言葉だった。

会場を出るとき、グリフィスはカメラに向かって笑った。

「ロボットって書いたけど、訂正する。あいつは人間だ。ただ――俺たちとは、違う種類の」

その投稿には、三百万件のいいねがついた。

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URB製作室

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