0165.【Wimbledon】王者、ここにあり。

〈6月30日・センターコート〉

芝が、静かに軋む。

立ち上がる白い球筋。
その速さに、観客席がわずかにざわめいた。

九条雅臣。
世界ランキング1位。
しかし、今大会、彼に向けられる期待は、どこか不安を孕んでいた。

――全仏決勝の、異変。

彼は、本当に戻ってきたのか。

そんな疑いを、
彼は一球で打ち消した。

サーブ。
ボレー。
リターン。

すべてが、無駄なく、鋭い。

芝に沈むような低いバウンドに、
相手は何度も足を取られた。

九条は、淡々と、
正確に、
相手の意図を殺していく。

まるで――

名前のない怪物のように。

第1セット、6-2。

第2セット、6-1。

第3セット、6-0。

スコアボードが示す数字は、
ただの記録ではない。

「王者はここにいる」
――それを、静かに世界に刻みつける証だった。

試合後、
九条はラケットをそっとコートに置き、
帽子を被らず、
まっすぐ観客席を見上げた。

そこに、
探すべき人影はまだない。

だが、
彼の心は揺れなかった。

声にも、言葉にもならない、
静かな祈りだけが、
胸の奥にあった。

「どこかで、見ていてくれ。」

その願いすら、
自覚しないままに。

九条は静かに、コートを後にした。

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URB製作室

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