0164.【Wimbledon】願いを、芝に預けて。

〈6月29日・夜・ウィンブルドン選手専用宿舎〉

夜のロンドンは、静かだった。

時折、遠くを走る車の音だけが、微かに耳に届く。

九条雅臣は、
宿舎の自室で、
一人、椅子に腰掛けていた。

照明は落とし、
小さなスタンドライトだけを灯している。

膝の上にラケットを置き、
静かに目を閉じた。

明日、
この手にすべてを託す。

今日まで積み重ねた時間。
すべてを、自分自身の身体に預けた。

そして明日は、
そのすべてを、
このウィンブルドンの芝に賭ける。

勝ちたい。
ただ、それだけだ。

誰かに認められるためでもない。
栄光を手に入れるためでもない。

――「ここにいる」と、証明するために。

澪の顔が、ふと脳裏をよぎる。

遠い日本にいる彼女。
手を伸ばしても届かない距離。
けれど確かに、どこかで支えてくれている存在。

(大丈夫。)

心の中で、そう呟く。

(俺は、ここにいる。)

そして、
明日も、ちゃんとここに立つ。

自分自身に――誓う。

膝の上のラケットをそっと立て、
静かに床に置き、手を離す。

――ラケットは、倒れなかった。

(行ける。)

心の奥底で、静かに確信した。

夜のロンドンの空は、重たく、静かだった。

遠くに、ウィンブルドンのコートを照らす小さな灯りが見える。

(――行こう。)

明日、
ここで戦うために。

九条雅臣は、
静かに目を閉じ、
拳をひとつ、固く握った。

そして、
すべてを預ける覚悟で、
眠りへと身を委ねた。

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URB製作室

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