グランドスラムは年4回開催される、テニス界最高峰の大会だ。全豪オープン(1月)、全仏オープン(5〜6月)、ウィンブルドン(6〜7月)、全米オープン(8〜9月)。128名の選手がトーナメント形式で戦い、7試合勝ち続けた者だけが優勝できる。
大会には「シード」という順位づけがある。世界ランキング上位の選手ほど高いシードが与えられ、第1シードと第2シードが決勝まで当たらないようにドローが組まれる。強い選手同士が序盤で潰し合わないための仕組みだ。
九条雅臣は、この大会の第1シード。つまり、彼を倒せる可能性がある選手は、決勝まで来なければ彼とは対戦できない。
ただし、全仏オープンには特有の難しさがある。
舞台となるローラン・ギャロスのコートは「クレー(赤土)」。4つのグランドスラムの中で最も球が遅く、ラリーが長く、体力と精神を最も削るサーフェスだ。サーブ一本では決まらず、足で走り続け、何十球も打ち合う。どれほど強い選手でも、体が先に答えを出してしまう。
だからこの大会は「番狂わせの聖地」と呼ばれる。格下の選手が格上を倒し、第1シードが3回戦で姿を消すことも珍しくない。「赤土には魔物が住む」——そう言われるのはそのためだ。
九条がどれほど完璧でも、ここでは”完璧”だけでは足りない。
機内 ― ローマ発、パリ行き
機内の窓に映るのは、整った眼差し。
ぼんやりと外を眺めているようで、視線は焦点を結んでいない。
着陸までの残り時間は一時間を切っている。
だが、九条雅臣の手元には何もない。
音楽も、映画も、紙もペンも――
スマートフォンさえ、胸ポケットに入れたままだ。
通知は鳴らない。
バイブも、震えない。
だが、”鳴らない”ことを確認していないだけで、すでに知っている。
隣の席は空席。
マネージャーの氷川も、コーチの蓮見も後方の列に分かれて座っている。
静けさは、歓迎すべき空間。
むしろ、これが今の自分にとっては最適解だった。
考えていないわけではない。
だが、それは”言葉になる前の思考”だ。
目を閉じることすら、”意識の移動”として無駄に感じてしまう。
ホテル・ルーム ― パリ15区
パリ15区。
ローラン・ギャロスから車で15分。
エッフェル塔も見えないこの部屋は、過不足のない”拠点”だ。
カードキーを抜いて照明が落ちる中、
九条はただ、室内の椅子に腰を下ろす。
スーツケースは開かない。
着替えも、シューズも、試合に必要なものは、氷川が別の部屋で整理している。
九条が手に取ったのは、ミネラルウォーターのボトル一本だけ。
キャップを開ける。
無音の中で、わずかに空気が抜ける音。
それだけで、世界と自分の境界を思い出す。
誰もいない。
それでいい。
今は――それが正しい。
携帯はまだ胸ポケットの中だ。
画面を見る必要はない。
“何も送っていない”ことを、自分が一番よく知っている。
ローラン・ギャロス ― フィリップ・シャトリエ 練習コート
赤土が、靴の底に絡みつく。
初夏の空気は乾いているが、コート上はわずかに湿っていた。
前夜の雨。
ここでは珍しいことではない。
九条は何も言わず、バッグからラケットを取り出す。
蓮見が軽く頷き、ボールを出す準備を始める。
氷川は遠巻きに腕時計を見ているだけ。
初日の調整は、最も短いメニューだ。
だが、すでにリズムは狂いなく刻まれている。
身体が冷えていない。
感情がないからだ。
シャトリエのコートサイドに立つ。
赤土、白線、青空、無音。
誰もいない観客席が、まるで呼吸しているように広がっていた。
澪の声は、ここには届かない。
それでいい。
この場所では、勝つか、死ぬかだけだ。
それ以外の”選択肢”は、要らない。
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