〈七日目の朝〉
七日目の朝。
あっという間だった、とも
長かった、とも言えなかった。
ただ、静かな日々が、
確かにそこにあった。
朝の光は、
どこか切なく、静かだった。
九条雅臣は、
ベッドに腰掛け、
ゆっくりと窓の外を眺めていた。
澪は、
小さなスーツケースを手に、
ベッド脇に立っていた。
「……行ってきます。」
澪の声は、かすかに震えていた。
けれど、はっきりとした言葉だった。
九条は、
その瞳をまっすぐ見つめた。
そして、ゆっくりと頷いた。
「気をつけろ。」
たったそれだけ。
けれど、その声には、すべてが込められていた。
心配も、
信頼も、
寂しさも。
澪は、小さく笑った。
「……うん。」
スーツケースのハンドルを握り直した。
九条が、
ためらうように、
しかし、確かな動きで、
手を伸ばした。
澪の手に、そっと重ねる。
ほんの一瞬だけ。
「また……会おうな。」
低く、静かな声。
澪は、
胸の奥がぎゅっと締めつけられるのを感じながら、
しっかりと頷いた。
「……うん。絶対。」
これ以上、何かを言えば、
涙がこぼれそうだった。
九条もまた、
それ以上は何も言わなかった。
ただ、その目に、
「待ってる」と書かれていた。
澪は、
小さく頭を下げ、
ドアへ向かう。
ドアノブに手をかけたとき、
ほんの一度だけ、振り返った。
九条は、そこにいた。
何も変わらず、
ただ静かに、
澪を見つめていた。
(――ありがとう。)
声にならない声で、
心の中で呟いて。
澪は、そっとドアを開け、
歩き出した。
澪は、ドアが閉まったことを確認してから、
廊下を歩き出した。
(……もっといたかった。)
正直に言えば、そうだった。
九条がちゃんと走れるようになるまで。
芝でボールを打てるようになるまで。
ウィンブルドンのコートに立てるまで。
ずっと、そばで見ていたかった。
でも——
仕事がある。
クライアントへの連絡が溜まっている。
カンヌに向けて動かさなければいけない商談がある。
それに。
九条は、見られることを望まないかもしれない。
まだ回復しきれていない自分を、
誰かに見せ続けることを。
エレベーターの扉が開いた。
澪は、乗り込んだ。
扉が閉まっていく。
廊下が、少しずつ、狭くなる。
(……戻りたい。)
ほんの一瞬、そう思った。
でも、ボタンに手を伸ばさなかった。
(また会うための、さよならだから。)
扉が、静かに閉じた。
澪が出たドアを、
九条は静かに見つめた。
全仏オープン決勝から、
今日でちょうど七日。
ウィンブルドンまで、
まだ十二日ある。
足りるかどうかは、わからない。
だが——
九条は、
立ち上がった。
(続く)
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