コート・フィリップ=シャトリエ 準決勝
息が、苦しい。
それでも、顔には出さない。
出せない。
九条は、センターラインに立っていた。
1ポイントずつ、
ただそれだけを積み重ねる。
それだけの世界にいた。
リアム・エイヴァリー。
若さに任せた、凶暴なショット。
爆発するようなエネルギー。
だが、彼には「耐える」という概念がない。
第1セットは、タイブレークの末に奪った。
第2セット、4-5。
相手のサービスゲーム。
汗が、額から滴り落ちる。
呼吸が荒い。
全身の細胞が、酸素を求めて悲鳴を上げている。
だが、止まる理由はない。
リアムのサーブ。
速い。
だが、単調だ。
九条は、読み切っていた。
一歩、左へ。
踏み込む。
滑る赤土。
足裏の感触だけでバランスを取る。
リターン。
ラケットに、全身の重みを乗せる。
打球がコート深く突き刺さった。
リアムが慌てて返す。そのボールは、甘い。
九条は、迷わなかった。
すべての思考を切り捨てる。
一撃。
フォアハンドクロス。
コートの隅、ラインギリギリに。
リアム、届かず。
ブレイクバック。
拳を握る。
だが、上げない。
歓声を聞く余裕もない。
今、自分が持っているものは――
「意志」だけだった。
膝が震える。
酸素が足りない。
喉が焼けるように乾く。
それでも、
――まだ、戦える。
世界が、にじむ。
耳鳴りがする。
それでも、
――まだ、立てる。
試合後
勝利の瞬間、スタンドが揺れた。
割れるような歓声。人々の喝采。
誰かが叫び、誰かが涙ぐんでいる。
だが、その中心にいるはずの九条は――
何も感じていなかった。
ネットへ向かう足取りは重い。
リアムと握手を交わす。
だが、視線は交わらない。言葉もない。
形式だけが、機械のように繰り返される。
控室への通路を歩く。
氷川が先導し、蓮見が無言で後ろにつく。
誰も、何も言わない。
言葉をかければ、壊れてしまいそうだった。
ドアが閉まる。ようやく、音が途切れた。
九条は、ロッカールームの壁に背を預け、
静かに、深く、息を吐いた。
それだけで、身体中の力が抜け落ちそうになる。
自分が、何でまだ立っているのか、わからなかった。
だが、それでも――
「決勝だ」
心のどこかで、誰かがそう告げた。
世界の輪郭が、にじんでいた。
#RG2025_Observation
チャンネル:#RG2025_Observation|2025年6月5日 22:00 JST
氷川(22:00)
▶ 準決勝・リアム・エイヴァリー戦終了。勝利(7-6, 7-5)。
観察メモ:
— 総試合時間:2時間26分。
— 体力ゲージ試合終了時、過去最低記録。
— 汗量、体温低下、筋硬直、すべてが危険ライン直前。
蓮見(22:05)
▶ 緊急レベル判定:【レベル5】→【レベル6】(最終警戒レベル)
— 決勝進出は達成。
— だが、もはや通常の意思力では制御できていない。
— 本人は”機械のように”動いているだけ。
氷川(22:10)
▶ 本人コメント(試合後/控室にて)
「……あと、一回。」
発話あり。ただし、表情変化・声の抑揚・眼光、すべて異常レベル低下。ほぼ、自我消失直前と判定。
蓮見(22:15)
▶ 提案事項(スタッフ間メモ):
— 決勝前、カウンセリング介入禁止(本人のバランス崩壊リスク高)。
— 決勝後、緊急ケア+長期リカバリー計画即時発動準備。
— 澪さんへの連絡検討。ただし「試合終了後」に限定。
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