0161.【Roland Garros】また会うための、さよなら。

〈七日目の朝〉

七日目の朝。

あっという間だった、とも
長かった、とも言えなかった。

ただ、静かな日々が、
確かにそこにあった。

朝の光は、
どこか切なく、静かだった。

九条雅臣は、
ベッドに腰掛け、
ゆっくりと窓の外を眺めていた。

澪は、
小さなスーツケースを手に、
ベッド脇に立っていた。

「……行ってきます。」

澪の声は、かすかに震えていた。
けれど、はっきりとした言葉だった。

九条は、
その瞳をまっすぐ見つめた。

そして、ゆっくりと頷いた。

「気をつけろ。」

たったそれだけ。
けれど、その声には、すべてが込められていた。

心配も、
信頼も、
寂しさも。

澪は、小さく笑った。

「……うん。」

スーツケースのハンドルを握り直した。

九条が、
ためらうように、
しかし、確かな動きで、
手を伸ばした。

澪の手に、そっと重ねる。

ほんの一瞬だけ。

「また……会おうな。」

低く、静かな声。

澪は、
胸の奥がぎゅっと締めつけられるのを感じながら、
しっかりと頷いた。

「……うん。絶対。」

これ以上、何かを言えば、
涙がこぼれそうだった。

九条もまた、
それ以上は何も言わなかった。

ただ、その目に、
「待ってる」と書かれていた。

澪は、
小さく頭を下げ、
ドアへ向かう。

ドアノブに手をかけたとき、
ほんの一度だけ、振り返った。

九条は、そこにいた。

何も変わらず、
ただ静かに、
澪を見つめていた。

(――ありがとう。)

声にならない声で、
心の中で呟いて。

澪は、そっとドアを開け、
歩き出した。

澪は、ドアが閉まったことを確認してから、
廊下を歩き出した。

(……もっといたかった。)

正直に言えば、そうだった。

九条がちゃんと走れるようになるまで。
芝でボールを打てるようになるまで。
ウィンブルドンのコートに立てるまで。

ずっと、そばで見ていたかった。

でも——

仕事がある。
クライアントへの連絡が溜まっている。
カンヌに向けて動かさなければいけない商談がある。

それに。

九条は、見られることを望まないかもしれない。
まだ回復しきれていない自分を、
誰かに見せ続けることを。

エレベーターの扉が開いた。

澪は、乗り込んだ。

扉が閉まっていく。

廊下が、少しずつ、狭くなる。

(……戻りたい。)

ほんの一瞬、そう思った。

でも、ボタンに手を伸ばさなかった。

(また会うための、さよならだから。)

扉が、静かに閉じた。

澪が出たドアを、
九条は静かに見つめた。

全仏オープン決勝から、
今日でちょうど七日。

ウィンブルドンまで、
まだ十二日ある。

足りるかどうかは、わからない。

だが——

九条は、
立ち上がった。

(続く)

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URB製作室

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