0157.【Roland Garros】また、立てた

〈急性期〉

最初に気づいたのは、色だった。

点滴のラインが腕に刺さったまま、
看護師に促されてトイレへ向かう。

便器の中に、見知らぬ色があった。

暗い、赤茶色。

医師が言った。

「筋肉の色素が、腎臓を流れています。
 横紋筋融解症です。
 輸液を続けて、腎機能を守ります」

(……俺の身体は、溶けていたのか。)

九条は、何も言わなかった。

翌日、腎臓内科の担当医が、
静かに数値を読み上げた。

「クレアチンキナーゼ——
 正常値の百二十倍です」

百二十倍。

それが、あの試合で起きたことの
正確な重さだった。

「尿の色が透明に戻るまで、
 絶対安静です」

透明になるのを、
待つしかない。

三日目の朝、
尿の色が、茶色になっていた。

前日より、薄い。

九条は、その事実を、
静かに受け取った。

〈リハビリ初日〉

地面を押した。

震える腕。
反応しない脚。

背筋を使い、腹筋を締める。

それだけで、吐き気がした。

肺が、悲鳴を上げた。

(筋肉が分解された。
 だから、動かない。
 これは、当然だ。)

九条は、理解していた。

理解した上で、それでも——

腕を伸ばした。

爪が、マットに食い込んだ。

痛みが、指先から脳に突き抜けた。

――俺は、生きる。

重たい身体が、わずかに、持ち上がった。

それだけだった。

それだけなのに——

世界が、少しだけ、広がった気がした。

〈四日目〉

九条は、ゆっくりと脚を折った。

右足。左足。

どちらも、意識しなければ動かない。

九条は、床に掌をつき、
ぐっと重心を移した。

――立て。

――生きているなら、立て。

脚が、わずかに、重力に逆らった。

ふらつきながらも、
九条は、両足で、地面を踏んだ。

立った。自分の力で。

ただ、それだけのことだった。

それだけなのに——

九条の胸の奥で、何かが、確かに、灯った。

その夜、氷川が告げた。

「CK値、下がり始めてます。
 このペースなら——」

九条は、目を閉じた。

下がり始めている。

それだけで、十分だった。

〈十日目〉

担当医が言った。

「CK値、正常値の三倍まで下がりました」

別の声が続く。

「腎臓は担当医に任せます。
 ここからは、私の仕事です」

スポーツドクターが、
廊下の先を顎で示した。

「走ってみろ」

九条は、廊下を走った。

ゆっくりだった。でも、走った。

足が、地面を蹴った。
前に、進んだ。

脚は、自分のものだった。

スポーツドクターが、
後ろで静かに言った。

「尿の色も——透明です」

透明。

あの暗褐色から、十日。

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URB製作室

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