本編– category –
-
12.After Victory, Silence
夕陽が沈みかけた頃、センターコートはようやく静けさを取り戻していた。 試合の熱気はすでに消え、観客も報道陣も去った後。 そこに残されていたのは、コート脇の一脚のベンチだけだった。 乾いた風が、青いベンチの表面を撫でていく。 さきほどまで、そ... -
11.【Australian Open 2025】1st round , 3rd set「シャットダウン」
「止まらない支配」 第2セットが終わった瞬間、スコアボードには「6-0」の文字が並び、観客席からようやく拍手が広がった。 だが、そのざわめきすらも、九条雅臣の足を止める理由にはならない。 彼はベンチに戻らない。 タオルにも、水にも、視線を送らな... -
10.【Australian Open 2025】1st round , 2nd set「無響室の王」
“無”の時間 ベンチに腰を下ろした九条雅臣は、タオルを取ることすらしなかった。 冷却も、補給も、排除するように。 まるで“次”が始まるのを、既に知っていたかのように。 その眼差しは、何も見ていない。 だが、何もかもを見ていた。 観客のざわめき、実... -
9.【Australian Open 2025】1st round , 1st set 「王の演算」
【第1ゲーム】王が放った、一球目の答え 重く、低い音がコートに沈んだ。 白線すれすれに滑り込んだサーブは、相手のラケットに触れることなくバックフェンスへ跳ね返る。センターライン、イン。サービスエース。 ラインジャッジの声が響く前に、九条雅臣... -
8.【Australian Open 2025】 “起動/BOOT SEQUENCE”
メルボルン、静寂の朝 静かな、乾いた風が吹いていた。 メルボルンの空は、日本よりもどこか広く感じられる。高層ビルが密集していないせいかもしれない。朝の陽光は強く、濃い影が地面に落ちている。 九条雅臣は、ホテルから会場までの車内で一言も話さな... -
7.メルボルンの朝 ― 世界の空気の中で
メルボルン。南半球の夏は、日本の冬と反比例するように容赦なく熱を孕んでいた。 空は青いのではなく、「透けている」ような薄さだった。雲ひとつないその空から、強烈な光がコートを白く焦がしていた。空気は乾いて軽く、皮膚の表面に火照るような痛みを... -
6.終わりの章|“終わった。けど、それは本当に“終わり”だった?”
澪の手元から離れた記録 モナコへの輸送完了を知らせる連絡は、予定より2日早く届いた。 添付された写真には、朝焼けの空と港の輪郭、そして静かに停泊するSunreef 50の後ろ姿。 背景には、澪が何度も資料で見てきた港の名が記されていた。 Port Hercule. ... -
5.確証の章|“一度も会ってないのに、目を合わせた気がした。”
最終確認通話 FaceTimeの画面が切り替わる。 相手のカメラは、今回もオフのまま。 澪の映像だけが、そこに映っていた。 いつもの通り。何も変わらないはずの時間。 「こんばんは。綾瀬です。本日は最終仕様のご確認を――」 「画面、見えてる」 九条の声は、... -
4.距離の章|“不思議と、こっちの顔を映したくなる瞬間があった。”
3度目のFaceTime、明るい午後 三度目の通話は、週明けの午後に設定された。 場所は職場の会議室。カメラはオン。澪の顔は、淡い光を浴びながら画面に映っていた。 ウィンドウ越しの海は穏やかで、カモメの鳴き声がかすかにマイクに拾われた。 通話の数分前... -
3. 選定の章|“それが“良い”か“悪い”かも、私はもう尋ねなかった。”
サンプル動画と、15秒の既読表示 週明け、澪は新しい資料をメールに添付して送った。 Sunreef 50の内装例をまとめた参考動画と、素材の組み合わせリスト。 動画は、実際の完成艇を3パターン、内装中心に撮影したもので、合計45秒。 どれも、現行モデルで実...