caretaker_of_the_complex– Author –
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102.沼が凍る
準々決勝 開始 インディアンウェルズ、準々決勝。 日差しが傾き、スタジアムの空気は熱気とざわめきで満ちていた。 マティアス・ヴォルフ。 背の高い体を折りたたむようにしてベースラインの遥か後ろに立ち、ラケットを軽く揺らしている。 まるで最初から... -
101.孤独の中の戦い
チームの思案 インディアンウェルズ、3回戦の試合を終えた翌日。 ホテルの一室に集められたチームは、長机に並べたデータと映像を前に、言葉少なに目を通していた。九条は別室で休んでいる。 「……ストレート勝ちはしている。数字だけ見れば文句はない」 ... -
100.BNPパリバ・オープン開始
違反の重み BNPパリバ・オープン。 アメリカ・カリフォルニア州インディアンウェルズの砂漠地帯に築かれた、巨大なテニスの祭典。 毎年3月、世界のトップ選手が一堂に会する。ドロー数はシングルス96、ダブルス32。男女共催のマスターズ1000大会であり、そ... -
99.澪の引越し
新生活 段ボールを積み上げた部屋は、もう生活の気配が薄れていた。 「ものが少なくても、まとめるとやっぱスッキリして見えるもんだな」 そう思いながら、私はiMacをそっと購入時の箱に入れていく。エルゴトロンのアームは分解して、ネジを小袋に入れて。... -
98.澪の選択
決断 土曜の朝。 まだ街が動き出す前の時間に、澪は小さな鞄を肩に掛けて外に出た。 生理が終わりかけのタイミングを計って予約したこの日。平日は仕事があるし、痛みが長時間続くなら、休みの日の方が良い。 春には九条と温泉に行く予定がある。 動... -
97.ドバイの終わり
準々決勝 「この大会から、次のパリバオープンまで日がない。時差に慣らす時間も満足に取れない。何度も言うが、深追いせず退く時は退け」 蓮見の声は低いが、明確に釘を刺していた。 「……今までにもコンディションが悪い試合はあった。それでも勝ってきた... -
96.離れていても、歩む一日
早い出発 翌朝、まだ空の色が白み始める頃。 九条はホテルのロビーに姿を現した。 手にはラケットバッグひとつ。荷物は最小限、歩みは無駄なく速い。 待っていた氷川と短く頷きを交わす。 「スケジュール通りに進行中です」 「わかった」 そ... -
95.Oakwood Suites Yokohama
日本帰国 成田に降り立ったのは、まだ朝の光が淡く空を照らす時間だった。 スーツケースを転がしながら、到着ロビーを抜ける。 「……早朝便って、ほんと体力削られるなぁ」 ぼやきながらスマホを取り出して時間を確認した。 ――出勤まで、あと数時間... -
94.Dubai Duty Free Tennis Championships
大会当日のルーティン まだ夜の気配を残す、午前五時。 九条は音を立てぬようにベッドを抜け出した。隣で眠る澪を起こすことはしない。 淡々とシャワーを浴び、白いタオルで髪を乱れなく拭いあげる。 体内時計のように決まった流れで、消化の良い... -
93.大会前日
周期チェック 翌朝。 ホテルのロビーを出て、一人になった瞬間、澪は鞄からスマホを取り出した。 アプリを開く。 カレンダーには、小さな赤いマークが並んでいる。 「……あ、やっぱり」 生理周期を管理するアプリ。 仕事の予定と照らし合わせながら、次のタ...