18.【Australian Open 2025】Round of 16, 3rd Set「歓声が息に変わるまで」

【第1ゲーム】まだ火は消えていなかった

セット間。

テイラー・リバースは、椅子に座っていた。

タオルで顔を覆ったまま、動かない。

声をかける者はいない。

スタッフさえも、彼の意志を邪魔しなかった。

だが、その肩が——

かすかに、震えていた。

まるで、芯のどこかでまだ燃えているものを守るように。

照明が、少しだけ強くなる。

マーガレット・コート・アリーナの夜は、まだ終わらない。

選手が立ち上がる。

ラケットを握る。

アナウンスが、機械的に響いた。

“Final set. Taylor Rivers to serve.”

1ポイント目。

テイラー、トス。

乱れた——だが、打った。

センターへ、強く。

九条、反応。滑るようなリターン。

ラリーになる。

3球、4球、5球。

テイラー、ベースライン際で粘る。

そして——

回り込んで、フォアのクロス。

ラインギリギリ。

九条、届かない。

——15–0

観客、ゆっくりと沸き上がる。

声援ではない。

**「よかった」**という安堵だった。

2ポイント目。

九条、まばたき一つ。

テイラーの構えに、微動だにしない。

サーブ、今度はワイド。

九条、強いリターン。

でも、テイラーが読んでいた。

すぐにスライスで返す。

低い。

九条、体勢を下げて応じる。

ラリー。

——9本目、ドロップ。

テイラー、走る。

拾う。

——九条、前へ。

角度をつけて叩く。

——だが!

テイラー、スライディングしながら返球!

観客が叫ぶ。

九条、表情を変えない。

そのまま処理。

深く、落とす。

——アウト。

歓声、爆発。

——30–0

3ポイント目。

観客のチャントが自然発生的に始まる。

“Tay-lor! Tay-lor!”

(テイラー! テイラー!)

彼は、背中を向けたまま、うなずいた。

もう一度、立ち上がれる。

サービス。

今度はセカンド。やや甘い。

九条、ステップイン。

リターン、速い。

角度もある。

テイラー、滑り込む。

だが届かない。

——30–15

観客、息を飲む。

まだ——まだ折れないでほしいと。

4ポイント目。

テイラー、ボールを4つ選んだ。

少し深く息を吐いて、サーブ。

センター。

九条、読んでいた。

だが、その返球が甘い。

テイラー、迷わなかった。

振り抜く。

ストレート、決まる。

——40–15

ゲームポイント。

観客、また立ち上がる。

「彼は、まだいる」

その空気が、会場を支配した。

5ポイント目。

サーブ。

リターン、長い。

Game Rivers. 1–0

第3セットの初手。

それは、まだ終わっていないことの証明だった。

【第2ゲーム】静かに燃える王の起動

コートチェンジ。

テイラーがベンチに戻る頃、九条はもうサーブの準備をしていた。

彼の背筋には、揺らぎがない。

胸は上下しているが、それも吸気・呼気というよりは、起動時の通電のように見えた。

——静かに、冷ややかに、処理が再開されようとしている。

観客席では、歓声がまだ尾を引いていた。

ほんのわずか、会場の空気が“人間の熱”に傾いていた。

だが、九条雅臣の領域には届かない。

1ポイント目。

トスは高く、動作に狂いなし。

センターへ、鋭いフラット。

テイラー、振った。だが、わずかに遅れる。

——15–0

拍手がまばらに起きる。

ただ、その拍手は**「惜しい」**のではなく、

**「戻ってきた」**という理解の拍手だった。

2ポイント目。

今度はスライス。

逃げるワイド。

テイラー、ギリギリで届く。

返った。浅い。

九条、前へ出る。

ワンバウンド直後、角度をつけたバックハンドスライス。

球はネットすれすれを抜け、ラインぎりぎりに“置かれる”。

——30–0

「That was impossible…」

(あれはムリだろ……)

観客の誰かが、そうつぶやいた。

3ポイント目。

深呼吸。

九条は一度だけまばたきし、サーブに入る。

テイラーはやや下がった位置から構える。

だが、それは見誤りだった。

強烈なボディサーブ。

テイラー、詰まった。

返球が浅い。

九条、回り込んでフォア。

——沈めた。

——40–0

観客、静かになった。

それは落胆ではない。

**「ああ、戻ってきたのか」**という、理解だった。

4ポイント目。

すべてが予告されているような所作。

だが、誰にも止められない。

スピード、角度、リズム。

無音で点が取られていく。

ワイド。ノータッチ。

Game Kujo. 1–1

【第3ゲーム】ただの1ポイントが重い

サーブはテイラー。

観客は手拍子を始めていた。

だが、それはもはやリズムではない。

**「鼓動と重ねて自分を支える」**ようなものだった。

1ポイント目。

トスを上げるテイラー。

サーブはセンター、良い球。

九条、読み切っていた。

ラケットの芯で、完璧なリターン。

ベースラインぎりぎり。

テイラー、動いたが届かない。

——0–15

観客がどよめく。

「That was too clean.」

(あれは完璧すぎる)

2ポイント目。

テイラー、今度はワイドへ。

九条、踏み込んで打ち返す。

だが、少し甘くなった。

テイラー、打ち込む。

決まった。

——15–15

観客、跳ね上がるように立つ者もいた。

「There it is!」

(よし、それだ!)

3ポイント目。

ラリーが続く。

5球、6球、7球——

どちらも粘る。

だが、九条は“処理している”だけ。

テイラーは、“闘っている”。

最後、バックハンドが浅くなった。

九条、角度をつけてクロス。

テイラー、届かない。

——15–30

4ポイント目。

テイラー、深呼吸。

トス。

だが、手が震えていた。

ダブルフォルト。

——15–40

会場から、かすかに「Oh no…」の声。

ブレイクポイント。

テイラー、迷いなくセンターへ。

強いサーブ。

九条、返す。

——高い。浅い。

テイラー、叩く。

決まった。

——30–40

次で決めたい。

観客が、声にならない“念”を送る。

6ポイント目。

ラリー。

9球。10球。

だが、攻めきれない。

九条は動かない。

いや、動いてはいる。

常に「次の位置」に先回りしている。

そして——

12球目、ライン際のドロップ。

テイラー、間に合わず。

Game Kujo. 2–1

#チーム九条 / オーストラリア2025
蓮見 20:23
今のショット、観客にとって“感情の芯”に響いたな。
ただ、それが九条に届くかは別問題。
氷川 20:24
心拍変動なし。
外部ノイズ、完全遮断中。
※Slackはスマートグラス経由の音声入力で送信されています。

【第4ゲーム】観客の心拍と同期する声

“Kujo to serve.”

アナウンスが響いた瞬間、

観客席のノイズがリズムに変わった

——拍手。

——手拍子。

——息を合わせる呼吸。

まるで誰かがタクトを振っているかのように、

数千人が“ひとつの心音”を奏でていた

1ポイント目。

トス。

フォーム。

照明。

九条のすべてが、“テンプレートどおり”に機能していた。

センターへのフラット。

テイラー、反応した——

が、当たらない。

ノータッチエース。

——15–0

拍手は止まない。

むしろ“悔しさを含んだ音”に変わった。

“Let’s go, Tay!”

“Don’t give in!”

2ポイント目。

今度はワイドへ。

逃げていく回転。

テイラー、スライドでなんとか合わせる。

ボールは浮いた。

九条、待っていた。

打つ。鋭く、深く。

——30–0

観客の誰かが、両手で顔を覆った。

——その“祈る仕草”に、何千人もの気持ちが重なる。

3ポイント目。

ラリー。

初球から互いに打ち合う。

——でもそれは、**“演算と感情の打ち合い”**だった。

九条は淡々と、

テイラーは必死に。

最後、テイラーのバックハンドがわずかに浮く。

九条、クロスへ。

——40–0

ゲームポイント。

「せめて1本」

誰かが呟く。

それが、観客全体の本音だった。

4ポイント目。

トス。

静寂。

サーブ。

ラインギリギリに突き刺さる。

テイラー、反応はできた。

——だが、打ち返せない。

Game Kujo. 3–1

会場には、無言の拍手が続いていた。

言葉ではない。

心拍だけが“応援していた”

【第5ゲーム】誰もが祈りに変わった

了解、それでは

第3セット・第5ゲーム「誰もが祈りに変わった」、始めます。


5. 誰もが祈りに変わった

テイラー・リバースは、ゆっくりとベースラインに戻っていた。

肩で息をしている。

だが、顔を上げる。

視線の先、客席。

誰かが、手を合わせていた。

胸の前で、祈るように。

——勝ってほしいのではない。

折れないでほしい

その願いが、スタンドのあちこちに広がっていた。

1ポイント目。

テイラー、サーブ。

強めのフラット。センターへ。

九条、リターン。

打ち返す。

——ラリーになる。

3往復。

4往復。

5往復目。

テイラー、角度をつけたクロス。

九条、足を一歩外に出して、それでも正確に“置いた”。

ボールはラインに沿って沈む。

——0–15

観客が小さく呻く。

それでも、拍手は止まらない。

2ポイント目。

トス。

今度はスライス気味のサーブ。

九条の構えは崩れない。

読んでいた。

逆クロスへのリターン。

浅い。

テイラー、前へ出る。

打つ。叩き込む。

——決まった。

——15–15

“YES!”

“Let’s go!!”

観客の叫びが、空気を変える。

一瞬だけ、「感情」が支配した

3ポイント目。

テイラー、サービス。

だが、トスがわずかに乱れる。

やり直し。

観客が息を飲む。

そして、再びトス。

打つ。

フレームショット。

返球できず。

——15–30

「……今のは、演算じゃない」

誰かが呟く。

「ただの誤差だ」

4ポイント目。

テイラー、深く息を吐く。

強く踏み込み、センターへ。

九条、スライスで返す。

ラリーへ。

テイラー、ベースラインギリギリを突く。

九条、スピンで巻き返す。

数秒の攻防。

——最後、テイラーが叩き込んだ。

——入った。

——30–30

会場が揺れる。

鼓動と歓声が一致する瞬間だった。

5ポイント目。

サーブ。

九条、読み切った。

でも、力ではなく“コース”で攻めてきた。

ドロップショット。

テイラー、ネット前へ。

九条、届かず。

——40–30

ゲームポイント。

拍手のリズムが加速する。

“Just hold this!”

“Make it 3–2!”

6ポイント目。

トス。

高く、美しい弧。

叩く。

——だが、ネット。

セカンドサーブ。

今度はワイド。

浅い。

九条、ステップイン。

強打。

テイラー、なんとかラケットを出す。

返った。

でも、甘い。

九条、前へ。

叩き込む。

——デュース。

「もう、これ以上は無理だ」

そう言いたそうな観客の顔が、いくつもあった。

7ポイント目。

テイラー、ギリギリのセカンドサーブ。

九条、読んでいた。

リターン、ラインぎりぎり。

——ブレイクポイント。

観客が手を握る。

目を閉じる。

祈りが、空気になっていた。

8ポイント目。

テイラー、ラリーに持ち込む。

打つ。

打ち返す。

叫ぶ。

——だが、九条は無言。

——クロス。

——ライン。

——終わり。

Game Taylor. 3–2

「もう祈るしかない」

その言葉が、

このセットのすべてを物語っていた。


【第6ゲーム】“もう1本”を願う目

テイラー・リバースの背中に、声が宿っていた。

“One more!”

“Hold!”

「あと1本!」

「耐えてくれ!」

それは、歓声ではなかった。

祈りだった。

願いが“音”になって飛んできている。

そのすべてが、彼の背中を押していた。

観客は、もはや冷静ではなかった。

ただ、彼が崩れないことだけを願っていた。

1ポイント目。

九条のリターンは、深い。

テイラーはすでに動いていた。

——読んでいた。

だが、追いつくのがやっと。

差し込まれた球を、しのぐようにスライス。

浮いた。

だが、ライン上に収まった

九条、反応するも、無理に打たなかった。

——ラリー続行。

6往復目。

テイラー、フォアのクロス。

九条、届かない。

——15–0

拍手。立ち上がる者もいる。

テイラーは、まだ何も表情を見せていない。

2ポイント目。

九条のリターン、今度はスピードを抑えて角度をつけてくる。

テイラー、踏み込む。

浅い球を、狙った。

叩き込む。

——アウト。

肩が、落ちる。

——15–15

3ポイント目。

観客が息を飲む中、九条が静かに構える。

サーブはセンター。

テイラー、わずかに反応が遅れる。

詰まりながら返球。

だが——

それが甘さを生まなかった。

体重移動を殺して、柔らかくベースラインへ落とした。

九条がスライスで対応。

再びラリーへ。

4球。5球。6球。

——そして、7球目。

テイラー、フラットに振り切った。

ラインギリギリ。

入った。

——30–15

“That’s it!”

“Come on!”

彼の“声を出さない集中”に、観客が呼応する。

4ポイント目。

サーブ。センター。

九条のリターンは速い。

テイラー、予測していた。

構えていた位置が正確だった。

体ごとぶつけるように、強打。

ベースラインへ突き刺さる。

——40–15

“One more!”

「あと一本だ……!」

最後のポイント。

テイラー、深呼吸を一度。

サーブはスピン気味にワイド。

九条、踏み込む。

リターン。

ネットすれすれを越えてきた。

テイラー、間に合った。

だが余裕はない。

咄嗟に合わせたリストの返しが、ネットイン。

九条、走る。

追いつくか——

届かない。

Game Taylor. 3–3

スタンドの一部で、叫び声が上がる。

テイラーは一歩も動かず、ただラケットを持ち直しただけ。

表情は出さない。

だが、目が“もう1本”を願っていた。

【第7ゲーム】歓声と感情の最後の爆発

“Let’s go, Taylor!!”

“Take it back!! You can do this!!”

ジョン・ケイン・アリーナの空気が、揺れていた。

波のように押し寄せる応援。

熱を帯びた喉の震え。

観客の全身から“感情”が噴き出していた。

テイラー・リバースは、息を整えながら構える。

顔は汗で濡れていたが、瞳は濁っていない。

このゲーム——

ここが、自分のすべてを賭ける場所になる。

1ポイント目。

ファーストサーブは、ワイドへの鋭いスライス。

九条、動いた。だが一瞬、反応が遅れた。

リターンは浮く。

テイラー、叩く。

一発で沈める。ライン上。

——15–0

歓声が爆発する。

まるでスタジアムそのものが跳ね上がるようだった。

2ポイント目。

テイラー、深呼吸。

今度はセンターへ。

九条、的確に返す。

ラリー。

4球。

6球。

そして——9球目。

テイラー、全身のひねりを使ってフルスイング。

スピンのかかったフォアが、ベースラインに沈む。

——30–0

観客の誰かが、涙声で叫ぶ。

“Keep going! Don’t stop!!”

3ポイント目。

まばたきの間も惜しむように、テイラーはサーブを選ぶ。

今度はセカンドサーブ、センター。

九条、踏み込む。

フラットなリターンが突き刺さる——かに見えた。

テイラー、反応していた。

ギリギリで追いつき、スライスで返す。

九条、前に出る。

だが、タイミングがわずかに合わない。

ボールはネット。

——40–0

3ポイント連取。

ジョン・ケイン・アリーナは、この日いちばんの爆発を見せた。

歓声が、叫びが、

空気の震えが、コートを包む。

だが——

4ポイント目。

九条雅臣は、表情ひとつ変えなかった。

まるで、すべてを“ノイズ”として遮断しているように。

彼の耳には、観客の声が届いていない。

テイラー、最後の一撃。

センターへ強打——

九条、すでに動いていた。

鋭い読み。

だが、これはテイラーのゲームだった。

打ち抜かれた逆クロス。

ラインギリギリ。

Game, Reavers. 4–3

テイラー、拳を握る。

観客も立ち上がった。

叫ぶ、拍手する、泣く。

人間が感情でしか動けないことの証明。

だが、

九条の顔には——

何もなかった。

セットは、まだ終わっていない。

演算は、まだ続いていた。

#チーム九条 / オーストラリア2025
蓮見 19:38
これ……音、入ってないぞ。
「声」じゃなくて、完全に“遮断”されてる。
志水 19:38
呼吸、全然乱れてないです。
音響ノイズじゃなくて、“処理音”しか拾ってない。
※蓮見と志水は試合中、ベンチ裏モニター前に待機。発言はその場からの音声入力で記録されています。

【第8ゲーム】限界のスイングと破綻の気配

“Equal it out, Masatomi!”

観客席から、少数ながら九条を応援する声が飛ぶ。

だが、その声は波にかき消される。

ここはテイラーのホームだった。

——それでも、

九条雅臣は、まったく動じない。

スコア 4–3

まだ、このセットは掌の中にある。

1ポイント目。

九条、ゆっくりとトスを上げた。

センターへ。

低いフラット。

コースは読まれていた。

テイラー、反応。

ラケットがかろうじて届く。

だが、詰まる。

リターンは浅い。

九条、前へ出る。

バックハンドのダウン・ザ・ライン。

——15–0

2ポイント目。

わずかに息をつく九条。

だが、リズムは乱れない。

今度はスライス。

回転がかかり、逃げていくボール。

テイラー、間に合った。

だが、それが限界だった。

無理な体勢。

返球はネット。

——30–0

“Don’t fall now!!”

観客の声が、焦りに変わり始める。

——それは、

彼ら自身が「限界」を感じ始めていた証でもあった。

3ポイント目。

テイラー、肩で息をしていた。

すでに疲労は、目にも現れている。

サーブ。

九条、速い。

ラリーに持ち込ませない。

フォアで押し返し、

次のボールを強打。

テイラー、反応はした。

——が、

ラケットは振り切られず、球はフレームに当たる。

——40–0

場内が静まる。

だが、決して“沈黙”ではない。

それは——

熱が破綻寸前に達している音だった。

4ポイント目。

ゲームポイント。

九条、呼吸の間隔すら一定のまま。

今度は、センターへ浮かせるようなキックサーブ。

テイラー、前へ。

だが、足元が滑る。

タイミングがずれる。

返球、アウト。

Game Kujo. 5–3

歓声が戻ってこない。

いや、誰も息をしていない。

テイラーの肩が上下する。

観客の心拍と同期するように、苦しげに——

そして九条は、

そのすべてを「ノイズ」として処理していた。

【第9ゲーム】再び、静寂が勝った

“Let’s go Tay!”

“Hold it here!”

まだ観客の声は消えていない。

だが、どこか張り詰めすぎている。

もはや応援というより、「破裂を遅らせるための声」だった。

テイラー・リバース、サーブ位置に立つ。

何度もラケットを握り直す。

——彼はわかっていた。

このゲームを落とせば、先に王が“出口”に手をかける。

1ポイント目。

ファーストサーブ、ミス。

深呼吸。

セカンドへ。

九条、リターンの構えから動かない。

微動だにしないフォーム。

まるで時間が止まっていた。

打ち込まれたボール。

返球、正確。

次の1球。

——テイラーのミス。ネット。

——0–15

「もう、無理なのか?」

そんな空気が観客の中に漂う。

だが、誰もまだ諦めてはいなかった。

2ポイント目。

テイラー、気持ちを切り替える。

ワイドへ強打。

九条、届かない。

——15–15

観客、拍手。

「Nice shot!」

まだ、行ける。

——そう思わせるだけの“一撃”だった。

3ポイント目。

だが、九条のリターンは異常だった。

今度はテイラーのサーブに、鋭く反応。

まるで次の動きを知っていたかのように、逆クロスへ打ち込む。

テイラー、動けない。

——15–30

4ポイント目。

テイラー、もう一度気合を入れてトス。

——ラケットが弾けた。

サーブはセンターへ。

悪くない。

でも、九条は読んでいた。

ラリー3本目。

九条、スライスで崩し、前に詰める。

最後はネット際へ落とすドロップショット。

テイラー、届かない。

——15–40

ブレイクポイント。

観客の声援が、一瞬だけ強まる。

でも、届かない。

5ポイント目。

サーブは浅い。

九条、リターンから一歩踏み込み、ショートクロス。

角度がつきすぎて、誰も届かない。

Game Kujo. 5–4

スタンドのどこかで、拍手が止んだ。

“Why does he never falter…?”

(なんで、彼は一度も崩れないんだ…?)

【第10ゲーム】最後の粘り、最後の声

テイラー・リバースは、自分の鼓動を聞いていた。

目の前の相手が“機械”であることに、もう疑いはない。

だが——人間にしか起こせない“奇跡”があるとしたら、それは今だ。

1ポイント目。

九条のサーブはセンター。正確、かつ速い。

だがテイラーは、体で当てにいった。

ボールはフレームに当たって浮く。

それでも、コートに入った。

九条、処理。スライスで落とす。

テイラー、走る。——拾った。

観客がどよめく。

もう一度。

九条、叩き込む。

……が、アウト。

0–15

観客がざわつく。

「ひとつでもいい」

「もう一歩、届けばいい」

2ポイント目。

ワイドへスライス。

今度は深い。テイラー、返すのが精一杯。

九条、すぐ前へ。

ショートクロス——

だが、ネット。

0–30

“Let’s go, Tay!!”

“Break him!!”

この試合で、初めて観客全体が“ひとつ”になった。

3ポイント目。

九条、センターへフラット。

今度は強烈。——エース。

15–30

4ポイント目。

テイラー、下がる。九条の次の球を読みにいく。

——キックサーブ。

だが、跳ねた先を予測していた。

テイラー、回り込んで、逆クロスへカウンター。

ベースラインぎりぎり。

15–40

ブレイクポイント。

このゲームを取れば、並ぶ。

九条、ワイドを突く。

テイラー、滑り込む。

当たった——上がった——

……短い。

九条、待ち構えて叩く。

——ラケットがしなる。

観客の誰かが目をつむった。

……が、

ラインをわずかに超えていた。

Game, Reavers. 5–5

ジョン・ケイン・アリーナが揺れた。

観客の声が、叫びが、“熱”として空気を震わせる。

この1ゲームは、テイラーのものだった。

そしてそれは、彼一人の力ではなかった。

「誰も諦めていない」

その“意思”だけが、演算を上回った一瞬だった。

#チーム九条 / オーストラリア2025
蓮見 20:14
やば、追いつかれた。
会場、完全にテイラーのホームみたいになってる。
志水 20:15
心拍データ、観客と相手が完全同期してる。
呼吸のタイミングも“共鳴”してる感じ。
氷川 20:15
それでも九条さんは“動じてない”。
終わりのための演算だけ続いてる。
※Slackはスマートグラス経由の音声入力で送信されています。

【第11ゲーム】終息処理、開始 / Shutdown Process Initiated

テイラーのサイドから、コールが響いた。

“Kujo to serve.”

再び、会場が静まる。

観客たちは、もう理解していた。

この次のゲームが、「最後の可能性」になるかもしれないことを。

九条雅臣、リターンエリアから歩を進め、サーブ位置へと立つ。

まるで、処理済みのコードが一行ずつ更新されるかのように、

一切の迷いも、感情の浮き沈みもない動作。

テイラーは、胸に手を当てて深く呼吸していた。

観客の誰かが、静かに手を組む。

——それは、もう応援ではなかった。

ただの祈りだった。

1ポイント目。

九条、センターにトスを上げる。

フォームに微細な変化すらない。

放たれたサーブは、直線的な命令のようにコートを貫いた。

テイラー、動けなかった。

——15–0

観客が小さくざわつく。

だが、その空気を誰も破らない。

無音の支配が戻ってきた。

2ポイント目。

今度はスライス。

ボールはわずかに外側へ逃げていく軌道。

テイラー、ギリギリで届く。

返した。

だが、それは“返っただけ”の球。

九条、ためらいなく前に出る。

逆クロス。

叩きつけるような一撃。

——30–0

「やめるな」「もう一球」「踏ん張れ」

いくつかの声が、断片的に観客席から飛ぶ。

でも、それが“流れ”になることはなかった。

3ポイント目。

テイラーが構える。

九条はそれを、「入力待ちの変数」のように見ていた。

サーブ。

今度はボディ。

テイラーが反応する。

——が、詰まる。

返球は浅く、ネット。

——40–0

会場が、静寂に包まれる。

ブレイクではない。

だが、誰もが感じていた。

このゲームの終了が、セットの終息であることを。

ゲームポイント。

九条、視線をわずかに動かす。

コートの奥を一度だけ見る。

それは、確認ではなく、予測演算の起点。

最後のサーブ。

ラインギリギリ。

打球音と同時に、ボールはネットの外に消えた。

テイラー、動いていた。

でも、それは0.1秒遅かった。

Game Kujo. 6–5

九条は歩き出す。

振り返りもしない。

テイラーが背を向けた時、

観客席の数人が静かに手を叩いていた。

——だが、それも終息処理の一部だった。

#チーム九条 / オーストラリア2025
蓮見 20:19
……仕留めにきた。
“演算”のギア、ひと段上がった。
志水 20:19
心拍、振れ幅ゼロ。
“終了条件”、もう満たしてる。
氷川 20:20
あとは出力だけ。
会場の熱量なんて、もう入ってない。
※Slackはスマートグラス経由の音声入力で送信されています。

【第12ゲーム】その拍手は、祈りか絶望か / Applause or Resignation

“Taylor to serve.”

アナウンスが響いた時、

誰も「逆転」を信じていなかった。

それでも、拍手は起こる。

「最後のサーブだ」と誰もが感じていたからだ。

だが、それは称賛ではない。

祈りに似た拍手。

あるいは——

静かな絶望。

テイラー・リバース。

唇を噛み、ラケットを握る。

肩をまわす。

一度、大きく息を吐いた。

——これは、終わりを遅らせるための1ゲーム。

たったそれだけの目的で、彼は立っていた。

1ポイント目。

センターへのフラット。

九条、まったく動揺せずリターン。

ラリー、2球目。

テイラー、先に仕掛ける。

クロスへ深く打ち込む。

——しかし、それが“読み筋”だった。

九条、角度を変えてカウンター。

ベースライン際へ沈む。

——0–15

2ポイント目。

観客が叫ぶ。

“Push through, Tay!”

“Not over yet!”

テイラー、自分の頬を叩く。

サーブはワイド。

九条がステップイン。

ストレートへ強打。

テイラー、走る。

届く。返す。

——だが、コートの外へ。

——0–30

誰も、止められない。

3ポイント目。

サーブを入れるだけの力。

それしか、もう残っていなかった。

セカンドサーブ。

九条、構える。

一歩踏み込み、叩き込む。

フォアのクロス。

テイラー、動けない。

——0–40

マッチポイント。

マーガレット・コート・アリーナが、

“音”をなくした。

叫ぶ者も、祈る者も、

その瞬間だけは“静寂”に飲み込まれた。

テイラー、最後のサーブ。

力はない。

意思だけが乗っている。

九条、受ける。

淡々と、精密に。

——打球はネット前へ。

テイラー、走る。

滑り込む。

……届かない。

Game, Set, Match — Masatomi Kujo

拍手が起こる。

だが、それは何のための拍手なのか。

“称賛”なのか。

“救済”なのか。

あるいは、**“絶望を受け入れる音”**だったのか。

それすら、

九条雅臣には届いていなかった。

すべては処理済み。

すべては終了済み。

彼はただ、演算機として立っていた。

#チーム九条 / オーストラリア2025
志水 20:23
……今、脈ひとつ跳ねなかった。
あの心拍、試合中ずっと“直線”だったよ。
蓮見 20:23
会場の空気、拍手じゃなくて……
“沈黙を埋める反射”だな、あれ。
氷川 20:24
九条さん、“処理”だけして帰ってきた。
あそこに、感情は置いてこなかった。
※Slackはスマートグラス経由の音声入力で送信されています。

この夜、抱きしめられたのは敗者だった

試合が終わった。

観客の何割かが立ち上がった。

拍手も起きていた。歓声もあった。

だが、それは“祝福”ではなかった。

終わったことを確認する反射だった。

コートには、二人の選手が立っていた。

テイラー・リバース。

彼は崩れなかった。

最後まで足を止めず、ラケットを振り続け、

コートからも、自分自身からも逃げなかった。

だが、その姿が美しいほどに、

この敗北は深く、重かった

九条雅臣は、変わらなかった。

試合中と同じ、感情のない顔で、

ラケットを持ち替え、歩幅を戻す。

まるで「更新処理を完了しました」とでも言うように。

拍手も、声も、まばゆい照明すら、

彼の目には入っていないようだった。

“処理完了”。 それが、彼の勝利だった。

テイラーが静かにラケットを握り直す。

観客の一部が彼に向けて叫ぶ。

“Good fight, Tay!”

“Proud of you!”

——でも、その声はどこか涙を飲み込んだ声だった。

この夜、誰も“勝者”を抱きしめることができなかった。

通路に向かう背中。

ライトが彼の白いウェアを照らす。

その背に、何も刻まれていないことを、

誰もが知っていた。

彼は“勝った”のではない。

ただ、演算を最後まで走らせたのだ。

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URB製作室

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