トレーナー・志水陸。人体(ミクロ)の地図は完璧に把握するが、地理(マクロ)の地図が一切読めない。自信満々に間違った方向へ進み、指摘されても「地図の縮尺がおかしい」「動線が非合理的だ」と環境の不備を主張する(顔には出さない)。
Episode 1 ── 青いビームとの対話
遠征先の空港ロビー。志水が立ち止まり、iPhoneを水平に持ち、祭壇に捧げ物をするかのように顔の高さに掲げている。自分が回るのではなく、手首のスナップだけでiPhone本体をクルクルと回している。
画面の中では青いビームが荒ぶり、余計に方向が定まらない。しかし志水の表情は、選手のMRI画像を確認する時と同じくらい深刻だ。
「………なにやってる?」
志水:「……ジャイロセンサーの挙動が怪しい。北が定まらない」
(翻訳:どっちに行けばいいか全く分からない)
早瀬(無言でスマホを取り上げ、自分のスマホと見比べることなく、正しい方向へ顎をしゃくる):「あっちです」
氷川(慣れた手つきで志水の背中を押しながら):「志水さん、スマホを回しても地球は回りませんよ。行きましょう」
Episode 2 ── 国際空港という名のダンジョン
搭乗手続きの時間。九条、氷川、早瀬、その他のメンバーは集合場所に揃っている。しかし、志水だけがいない。
氷川:「……志水さんがいませんね」(手元のiPadを開く)
全員、無言でそれぞれのスマホを取り出し「探す」アプリを起動する。
集合場所:第3ターミナル(国際線)
志水のアイコン:第1ターミナル(国内線)の端
距離にして数キロの彼方。しかもアイコンがまだ高速で移動している。
氷川:「……なぜ彼は、バスに乗らなければ移動できない距離を移動しているんですか? ……モノレールに乗りましたね、これ」
早瀬:「……(深い溜息)。電話します」
——通話(スピーカー)——
早瀬:「志水さん、今どこですか」
志水:「……お前たちこそどこだ。指定されたゲートに来たが、誰もいない。……また集合場所が変わったのか?」
(背景から「次は〜〇〇駅〜」というアナウンスが聞こえる)
早瀬:「……そこは国内線です。僕らはロンドンに行くんですよ」
志水:「……なんだと? 看板の矢印通りに進んだはずだが……。この空港の動線設計は欠陥だらけだな」
Episode 3 ── 首輪(エルメス製)
ある遠征先で、AirTagをホテルに置いたまま志水が街中で迷子になり、捜索に2時間を要した日の夜。
氷川が無言で志水の部屋に入室し、サイドテーブルに放置されていたAirTagケースを手に取る。持参した長い革紐に手際よく付け替え、志水の首にかける。
志水:「……ネックレスか? 俺はアクセサリーは着けない主義だが」
氷川:「あなたの主義は関係ありません。これは業務命令です。今後、入浴と睡眠時以外、肌身離さず着用してください。これなら『忘れました』とは言わせません」
こうして志水は、エルメスのレザーペンダントを常に身につけるクールな男となった。
他チームの女性スタッフ:「志水さんって、いつもあのネックレスされてますよね。何か特別なこだわりがあるんですか?」
志水:(無表情でペンダントに触れながら)「……これがないと、俺の居場所がなくなる(※物理的に)からな。……お守りのようなものだ」
女性スタッフ:「(キャー! なんてロマンチック!)」
なお、本人は「俺を犬か猫のように扱うな」と思っているが、実際に助けられているので強く言えない。
Episode 4 ── 克服プロジェクト(全工程:失敗)
「方向感覚は訓練で改善できる」という記事を読んだ志水が、真剣にトレーニングに取り組む。
【ランドマーク予習】iPadでストリートビューを凝視し、「角にある『セブンイレブン』の看板の傾き角度および電柱の錆び具合……記憶した」と完璧な予習を行う。現地に行くと、そのコンビニが改装中だったため、「前提条件が崩れた」とフリーズする。
【声出し確認】街中でブツブツと独り言を呟く。「次の交差点を右回旋90度。対象物、郵便局。……そこから直進200メートル……」→不審者として通報されかける。なお、「右」と言いながら身体が無意識に左へ旋回するため、声出し確認が無意味化する。
【コンパス導入】スマホの電子コンパスでは信用できないとし、軍用の本格アナログコンパスを購入し、AirTagと二連付けで首から下げる。「北はあっちだ」と完璧に把握したまま、目的地(南にある)から着実に遠ざかる。
神崎(医師):「君の場合、空間認識能力の欠如はもはや『才能』の域だ。矯正しようとしてストレスを溜めるより、デバイスに依存する方がメンタルヘルスに良い」
氷川:「改善の努力は認めますが、そのコンパスを見る時間で、私が送った地図アプリのURLを開いてください。……いえ、もう結構です。その首の『エルメス』が振動したら、止まってください。それが『待て』の合図です」
志水:「俺が覚える前に世界が変わっていく。もう覚えるのは諦めた。世界が変わっても、九条の体から骨が突然消えたりはしないからな」
早瀬:(食い気味に)「骨もリモデリングで毎日少しずつ作り変わってますよ。3年もすれば全身の骨が入れ替わります。生理学の基本です」
氷川:「詩的な表現は結構です。今回のタクシー代は給与から引いておきますね。……さあ、行きますよ」