6【Australian Open 2025】1st round , 1st set 「王の演算」

【第1ゲーム】王が放った、一球目の答え

重く、低い音がコートに沈んだ。

白線すれすれに滑り込んだサーブは、相手のラケットに触れることなくバックフェンスへ跳ね返る。センターライン、イン。サービスエース。

ラインジャッジの声が響く前に、九条雅臣はもう次のボールを手にしていた。反応も、表情もない。

ただ淡々と。
ただ静かに。
彼の中では、もう最初の“答え合わせ”が終わっていた。

——コートの硬さ。
——気温と湿度のバランス。
——風の方向、光の反射、観客の呼吸。

この初球にすべてを載せて、彼は「環境の制圧」を完了させた。

観客席からのどよめきは、彼にとってノイズでしかない。

相手の名前も、ラケットも、記憶にはない。

視界にあるのは、ラインとボールの軌道、それだけ。


#チーム九条 / オーストラリア2025
蓮見 08:50 AM
スタートは悪くない。
今の打点、去年の全豪より高い位置で取れてる。
“`
志水 08:50 AM
気温の割に身体の動きが軽いですね。
酸素飽和度も上昇中。
レオン 08:51 AM
あの体温なら、1セット目は無補給でも問題なし。
でも次のゲーム後に水分指示出します。
氷川 08:51 AM
メディア側、映像切り替え早すぎる。
もう少し静かに観させてほしいですね。
“`
※Slackは試合中、音声入力+生体認識連動で自動記録モード。チームメンバーは視線を九条から外さず入力中。

2球目。

トスは1球目と同じ角度で、同じ速度で上昇した。ミリ単位の差もない。

——だが今度は、外へ逃げるスライス。

相手はわずかに踏み込むが、打点がズレてネットの白帯に沈む。

0-30。

九条は、顔色ひとつ変えずにボールを拾い上げる。

いまだ相手のフォームには関心を払っていない。

この2球は、“環境の読解”だった。

この大会の球質、コートの跳ね方、自分の身体と空気の摩擦。

答えはもう出た。

3球目。

観客席からわずかにシャッター音。

だが、トスの手は一切ブレない。

風に合わせた角度でボールを上げ、正確に振り下ろす。

フォアの強打、センターへ。

相手はようやくラケットを出したが、甘く浮いたリターンがコート中央に返る。

九条は一歩も動かず、体重移動すら最小限。

そのまま、右足を一歩だけ踏み込み——

ダウン・ザ・ライン。

フォアの直線。

ベースラインぎりぎり、角を削って着弾。

0-40。

だが、九条はもう次の構えに入っている。

スコアも、歓声も、彼には関係がない。

見ているのは、あくまで「誤差」。

すべてが、正確に運ばれているか。

4球目。

一瞬、3球目と同じ構えに見えた。

——だが、それは“誘い”だった。

高速フラット。直線のサーブ。

相手は反応したが、選択肢がなかった。

胸元、潰された打点。

無理やりの返球は、ベースラインの先へ大きく逸れていく。

Game. Kujo leads, 1 game to 0.

ようやく、九条は相手の“顔”を見た。

試合開始から4球。

彼の中で相手は、ただの“数値”から、“観測対象”へと変わった。

——このまま進めばいい。

すべての変数は、すでに手中にある。

支配の構築は、始まったばかりだった。

【第2ゲーム】環境制圧完了

1球目。

サーブは、あえて速度を抑えたセンターへのスライス。

見た目には穏やかだが、軌道と回転にクセがある。

相手は読み切れず、ラケットを差し出すも——

フレームをかすった球は、そのままネットの下へ沈んだ。

0-15。

九条は、わずかに首を傾けただけで、すでに次の構えに入っている。

この1球で、環境が「使える」と判断された。

――2球目。

トスの軌道は、先ほどと1ミリも違わなかった。

ただ、今度はスライス

軸足の角度すら変えずに放たれた回転球は、相手の外側へ逃げるように滑り出す。

ボールはネットの白帯をかすめ、リターンは浮きもせず、そのまま沈んだ。

ネットイン。

ラリーは成立しなかった。

0-30。

わずかなざわめきが、コート上の静寂に吸い込まれていく。

九条はまばたきもせず、ボールを左手に転がす。

——まだ一度も、相手を“見て”いない。

相手の顔も、目線も、フォームも、意図すらも。

すべてが彼にとっては「外部ノイズ」に過ぎない。

今、彼が注視しているのは――

ボールの挙動。

コートの弾性。

観客の呼吸数、湿度、空気の密度。

たった2球。それで十分。

この場所の“重力”そのものを、彼はすでに演算に組み込んでいる。

#チーム九条 / オーストラリア2025
蓮見 08:53 AM
回転かけてきた。打点のブレなし。
センターの癖、もう掴んでるな。
志水 08:53 AM
関節の動きも滑らか。
微調整の範囲で全対応してます。
レオン 08:53 AM
汗の出方も安定してます。
水分補給、もう1ゲーム先送りでいける。
氷川 08:53 AM
メディア席、ざわついてます。
「環境が九条に合わせてきた」って言い出しそうですね。
※Slackは試合中、音声入力+生体認識連動で自動記録モード。チームメンバーは視線を九条から外さず入力中。

九条は、なおも歩みを止めない。

3球目。

トスと同時に、観客のシャッター音がわずかに混じる。

それをノイズと判断することすらなく、九条はラケットを振り下ろした。

滑るように沈んだボールは、ベースラインを削り、相手の足元へ。

ぎりぎり拾ったリターンは甘く浮き――

次の瞬間、ダウン・ザ・ライン。

フォアで振り抜かれた一撃は、コーナーに突き刺さるように着地。

0-40。

だが、彼の足はすでに次のサーブ位置に向かっていた。

もう、空気ごと制圧されている。

#チーム九条 / オーストラリア2025
氷川 08:54 AM
2ゲーム目も無音で完了。
メディア、また“異次元”って言うな、これ。
※Slackは試合中、音声入力+生体認識連動で自動記録モード。チームメンバーは視線を九条から外さず入力中。

【第3ゲーム】収束点

重く、乾いた打球音がコートに反響する。

ネット際に短く返ったボールを、九条は一歩も動かずに叩き込んだ。 相手の足が反応するよりも早く、球は逆サイドのコーナーに吸い込まれていた。

観客の歓声が上がるよりも先に、九条はすでにベースラインに戻っていた。

得点ボードに「0-15」が点灯する。

ゲーム開始から、まだ1分も経っていない。

相手選手が何かを叫んだが、九条は視線も向けない。 この数球で、彼はすでにこのコートの「答え」を得ていた。

サーフェスの反発速度、気温と空気密度のバランス、観客の動きと音量、 そして、相手のプレースタイルの傾向。

どれも情報として処理済み。

彼にとって試合とは、「解くべき問い」ではない。 「答えを実行する作業」だ。

打点は、ブレない。 フォームは、無駄がない。 判断は、遅れない。

感情の動きは一切ない。

この瞬間、彼は「プレイヤー」ではなく、 “演算装置(システム)”だった。

──3球目。

トスと同時に、観客のシャッター音がわずかに混じる。

それをノイズと判断することすらなく、九条の左腕は正確にラケットを振り下ろしていた。

——スピード、157km/h。

サイドラインぎりぎりに滑り込むように沈んだボールに、相手は反応が遅れる。

ラケットを出すも、振り切る前に打球はコートを離れていた。

0-40。

観客席のどよめきが、ほんの少し大きくなる。

しかし、九条の視線はネットを越えない。

相手を見る必要はない。視る価値がない。

相手が誰であれ、自分の出力が正確であれば勝つ。

それが、彼の“演算”。

——打球、風、跳ね返り、ラケットの角度、リズムの取り方。

すべてのデータを、試合中に自動で処理していく。

#チーム九条 / オーストラリア2025
蓮見 08:56 AM
……何も見てないのに、全部わかってる顔してるな。あれ。
志水 08:56 AM
ラリーゼロ。心拍、変動なし。
マシンすぎて怖い。
レオン 08:56AM
水分補給、要りませんねこれ。
休憩中も多分座らない。
氷川 08:57 AM
メディア側、「圧勝」って言葉、もう準備してると思います。
※Slackは試合中、音声入力+生体認識連動で自動記録モード。チームメンバーは視線を九条から外さず入力中。

【第4ゲーム】支配の加速

1球目。

九条の構えが、わずかに変わっていた。

先ほどまでの静止した重心ではなく、膝を軽く緩め、前傾気味に体重がかかっている。

観客の大半はその違いに気づかない。ただ、その姿勢には、すでに「答えを得た者の動き」が滲んでいた。

トスは、これまでと変わらず美しい放物線を描く。

だが、打球の瞬間だけが異質だった。

インパクトの瞬間、彼の目線はボールに向いていない。ネットの向こう、コートの空白を見ていた。

——空間に、打つ。

フラット気味のサーブはセンターを突き、ラインの内側をかすめるように滑り込んだ。

相手のリターンは、ほとんど反射的な動作だった。間に合った。だが、そこで終わりだ。

返球は甘く浮き、コート中央に戻ってくる。

九条は一歩も動かず、その場からスイングを放った。

左足の体重だけでボールを押し出すようにして、フォアのダウン・ザ・ライン。

コートに吸い込まれるような一撃。

——0-15。

ラリーなし、時間もなし。ただの「選択と実行」。

それを3本繰り返せば、ゲームは終わる。

その事実を、最も正確に理解しているのは——誰よりも、九条自身だった。

#チーム九条 / オーストラリア2025
蓮見 08:58 AM
相手、次の選択肢が出せてない。
九条のリズムに入ってる。
志水 08:58 AM
心拍、安定域のまま。
動作のリズムが1テンポ早くなってる。
レオン 08:58 AM
水分吸収率、予想より高い。
インナーの発汗パターンも変わってきてる。
氷川 08:58 AM
メディア席、「戦術」じゃなく「支配」って言い始めました。
そろそろ実況のトーンが変わります。
※Slackは試合中、音声入力+生体認識連動で自動記録モード。チームメンバーは視線を九条から外さず入力中。

——“もう、見なくていい”。

九条の視界には、もはや相手選手の姿は映っていなかった。

目に入るのは、ネットとライン。数値化された空間。

球の軌道、風圧、照明の反射——計算式のすべてが、脳内で自動的に処理されていく。

そして、打点へ。

サーブはスライス。

回転をかけたボールは外角へ逃げるように走り、リターンはかろうじて届いた。だが、スイートスポットは外れていた。

球は浮き、ベースライン手前のど真ん中へと返る。

それは、九条にとって“命令を待つボール”だった。

歩幅を一切変えずにベースラインの内側に足をかけ、フォアではなく、あえてバックハンドを選ぶ。

リズムを乱さず、そのまま打ち抜いた。

低く、速く、重い打球がコートの逆サイドに突き刺さる。

——0-30。

観客の拍手が遅れて追いついてくる。

だが、彼はもうサーブ位置に立っていた。

間を取らない。考えない。

次を、打つ。

3球目。

トス。

サーブは、最初の一球とまったく同じモーションで放たれた。

ただし、速度が違う。

——フラット、全開。

体重をすべて乗せたサーブが、センターを裂くように走った。

球速、193km/h。

リターンのタイミングが半拍遅れる。

相手はラケットを出すが、打点は高すぎ、面が開く。

返球は、浅く、高く浮いた。

まるで「見てください」と言わんばかりに、九条の足元に落ちてくる。

一歩、前へ。

上体をわずかに捻り、左肩を残したままフォアへ。

打球の衝撃音が、センターコートに響く。

ボールは一直線にコートの隅、ベースラインの端に突き刺さり——

“IN” の電子音が響く。センターコートに、淡々とスコアが表示される。


Game. Kujo leads, 4 games to 0.

※全豪オープンではラインジャッジが廃止され、すべての判定が「ホークアイライブ(Hawk-Eye Live)」によってリアルタイムで自動処理されている。選手によるチャレンジ申請も存在しない。

彼は表情を変えない。

拍手も聞こえていない。

ただ、スコアボードを確認することなく、ベンチへと歩く。

“次の構築”に向けて、淡々と。

その歩幅に、一切の迷いはない。

#チーム九条 / オーストラリア2025
蓮見 08:58 AM
……はい、支配完了です。
相手、もう“次”を想像できてない。
志水 08:58 AM
脳波の集中状態、維持中。
身体の負荷も最小限。省エネで支配してる。
レオン 08:58 AM
給水、必要なし。
内臓の動き、全域で安定してる。
氷川 08:58 AM
記者のノートが止まりました。
全員、言葉より映像で“理解”し始めてる。
※Slackは試合中、音声入力+生体認識連動で自動記録モード。チームメンバーは視線を九条から外さず入力中。

【第5ゲーム】支配のテンプレート

ベースラインに立った九条は、1ミリも狂わぬ軌道でトスを上げた。

サーブ。

フラット。

外角へ。

ラリーは、始まらなかった。

相手のラケットがボールに届いた瞬間、音もなく白帯をかすめ、ネットに吸い込まれる。

15-0。

九条は表情を変えず、ボールを受け取ると、次の構えへ。

トス。

サーブ。

センター。

回転量は先ほどより増した。

スライス軌道。

相手は反応するが、足元がわずかに乱れ、打球は大きくアウト。

30-0。

静かすぎて、コートの周囲に配置された記録カメラのシャッター音が拾われる。

それでも彼は何一つ意識せず、次の動作に入る。

3球目。

フラット。

ボディ狙い。

強く、沈むような軌道。

相手は完全に詰まった。肘がたたまれ、まともに振ることもできず、ラケットの先端でかろうじて触れる。

球は浮き、コート中央に戻る。

その一球に対し、九条はステップを一切使わず、体幹の角度だけを変えてスイング。

打球は一直線にサイドラインをえぐった。

40-0。

拍手は、ごく控えめだった。

もう観客も気付いている。

この男は、何かを“演じて”いるのではない。

“手順を実行しているだけ”なのだと。

4球目。

センターへのサーブ。

今度は速度を落とし、回転と角度で誘導する。

相手は踏み込んだ。唯一、積極的な選択だった。

だが――

その一歩目が、わずかにズレていた。

リターンは浅く浮き、甘く入った球が九条のフォアへ。

次の瞬間。

フォアハンド、ダウン・ザ・ライン。

打球音が響くと同時に、ゲームが終わった。


#チーム九条 / オーストラリア2025
蓮見 9:00 AM
セオリーの再現精度が高すぎる。
ほぼ、テンプレートどおり。
志水 09:00 AM
筋出力、まだ上げてないですね。
今の1球だけ、呼吸がわずかに上がったくらい。
レオン 09:00 AM
次のゲーム終わったら、補給入れてもらってください。
ルーティン維持が第一。
氷川 09:00 AM
メディア、書き方に困ってますね。
「感情がない」とか言いそうです。
※Slackは試合中、音声入力+生体認識連動で自動記録モード。チームメンバーは視線を九条から外さず入力中。

【第6ゲーム】静寂の終着

九条のリターンゲーム。

だが、その姿勢はまったく変わらなかった。

ベースラインの後方に立ち、構えたときには、もう「点の取り方」が決まっていた。

彼の頭の中では、このゲームは“完了済み”だった。

相手のサーブ。

トスの角度、肘の開き、重心の位置。

九条は、それを「見る」前に、「読んで」いた。

1球目。

サイドへのスライスサーブ。

予測通り。

九条は一歩踏み出し、スイング。

回転量を抑えたリターンは、低く滑って相手の足元へ沈む。

相手はかろうじて反応したが、打点が低すぎた。

リターンはネットイン。

0-15。

2球目。

今度はセンターを突いてきた。

やや速度のあるフラット。

だが、九条は足を止めたまま、ラケットを上げただけだった。

打球がベースラインを割る。

0-30。

観客のざわめきが増す。

九条は一切反応を見せない。

彼の中では、これが“予定通り”の展開。

3球目。

スピン系のサーブ。内角を突いてくる。

だがその回転量が不十分だった。

ボールはやや浮き、リターンしやすい高さに入った。

九条は前へ一歩出る。

スイングは短く、ラケット面はほぼ垂直。

ストレート。

打球はベースラインぎりぎりに収まる。

0-40。

「ポイント、九条」

主審の声が、少しだけ緊張を帯びていた。

──まるで、これが“終わり”を告げる声だと知っているかのように。

#チーム九条 / オーストラリア2025
蓮見 09:02 AM
相手、もう完全に手が読まれてるな。
調整しても無駄って空気、出てる。
志水 09:02 AM
呼吸、全然乱れてないです。
ほんとに心拍変動ゼロ。
レオン 09:02 AM
次、補給させないとマズいかも。
無理してるわけじゃないけど、精密すぎる。
氷川 09:02 AM
メディア側、もう“完封”の文字出してきてます。
取材コメント、減らして正解でした。
※Slackは試合中、音声入力+生体認識連動で自動記録モード。チームメンバーは視線を九条から外さず入力中。

最後の1球。

相手がサーブモーションに入った瞬間、九条の体はすでに動き始めていた。

インパクトの瞬間を、半歩先で迎える。

タイミングは完全に合っていた。

ラケットはほとんど音を立てず、ボールを押し返した。

フォア。ストレート。

センターライン沿いを滑るように走る。

相手は追いつけなかった。

主審が声を上げるより先に、九条はすでに背を向けていた。

視線はスコアボードではなく、ベンチでもなく――

「次」を見ていた。


第1セット 6 – 0 九条雅臣

無感情の完封。

観客も、カメラも、ただ“起きたこと”を見送るしかなかった。


よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

URB製作室

コメント

コメントする