62.2月8日(土) 買い物→20の質問ゲーム

あと12日

目を開けた瞬間、まだカーテンの隙間からはやわらかい朝の光が滲んでいた。

ぼんやりと天井を見つめながら、澪は静かに呼吸を整える。

(……寝てた、ちゃんと)

昨夜のことを思い返すと、身体の奥にまだ微かに残る余韻がある。

すぐ横に彼がいないことに気づき、無意識に手を伸ばす。

そこには、誰もいなかった。

シーツはまだ少し温かい。でも、それが逆に彼がもう起きてしばらく経つのだと教えてくれる。

ゆっくりと身を起こし、肩に落ちた髪をかき上げながら、澪はふと天井を見上げた。

(今日が、2月8日……土曜日)

時計は、朝の9時を少し過ぎていた。

仕事がない日。だからこそ、時間の進みが残酷に思える。

九条がドバイに発つのは、再来週の木曜、2月20日。

あと、12日。

12日。

長いようで、短い。

きっとこのうち半分は、彼も、澪も、それぞれの予定に追われて会えない日がある。

そう考えると、**「あと何回会えるか」**じゃなくて、

**「あと何回、こうして目を覚ませるか」**に変わってくる。

(……寂しいな)

そんな言葉は、声に出すこともできない。

彼の前では、そんな顔を見せたくない。

もう、好きになってしまっているのに。

この時間が、終わりに近づいているのがわかっていても。

——だからせめて、今だけは。

薄いシーツを肩まで引き上げると、澪はもう一度、ベッドの中に身体を沈めた。

温もりが、まだ残っている。

彼がいたことの、証のように。

(……もう少しだけ、このままでいさせて)

心の中でそう呟いた。

もう少しだけ、シーツの中にいたかった。

身体も気持ちも、まだ少し重たい。

でも、今日が休みだって思い出した瞬間、ふと胸の奥が動いた。

(……せっかく一緒にいられる日なのに、寝てばっかりじゃもったいない)

そう思って、澪はゆっくりベッドを降りる。

足を床につけた瞬間、ひやりとした感触にちょっと身をすくめた。

まだ少し、体の奥がじんわりしてる。

手ぐしでざっと髪を整えながら、寝癖があちこちに跳ねてるのをなんとなく感じる。

鏡も見てないけど、たぶんボサボサ。

でもいいか、と思えるのは、九条が相手だからだ。

(……起きてるかな)

廊下を抜けてリビングに向かうと、そこには

静かな朝の日差しの中で、ひとり静かに身体を伸ばしている彼の姿があった。

部屋着のまま、スリッパも履かず、背筋を真っすぐにしてストレッチしている。

無駄のない動き。まるで、身体の隅々まで意識が届いているようだった。

澪は、ふと立ち止まって、その背中を見つめた。

(……すごいな)

起きたばかりで、まだ頭がぼーっとしている自分とは違って、

彼は朝の空気すら、自分のものにしているようだった。

「……おはよう」

少し掠れた声でそう言うと、九条は振り向きもせずに返す。

「おはよう。……よく眠れたか」

「うん。ぐっすり」

ちょっと気恥ずかしさを隠すように笑って、リビングへと足を踏み入れる。

ダイニングのテーブルには、軽く済ませたらしい朝食の跡が片付けられていた。

「……もう朝ごはん、食べた?」

「ああ。いつも通り」

「そっか……。私も、何か食べよ」

キッチンの方へ向かいながら、ちらりと彼を見る。

(ほんとは、まだ寝ていたかったのに)

でも、こうして起きてきて良かったと思う。

一緒に過ごせる時間が、限られてるからこそ。

何気ない“日常”が、かけがえのない時間になる。

そんなふうに感じる朝だった。

テーブルの上には、レオンが昨日のうちに用意してくれた朝食を温めたものが並んでいる。

湯気の立つ味噌汁に、焼き魚、卵焼き、タイマーセットしてあったごはん。

「……いただきます」

澪はぼんやりと呟くように手を合わせて、椅子に腰を下ろす。

目は覚めていても、頭はまだ半分夢の中。

(休日って、いつもはもうちょっと寝てるんだけどな……)

箸を手に取るまでにも少し時間がかかる。

ごはんの湯気をぼうっと見つめながら、ゆっくり口をつける。

「……ん。美味しい……」

ぽそっと、無意識に出た言葉に、自分で少し驚く。

もたもた、のろのろ。

でも少しずつ、体にも心にも、温かいものが入ってくる。

斜め前の席では、九条が静かに新聞を読んでいる。

もうすっかり朝のスイッチが入っている人間の佇まい。

(こっちはまだ、エンジンかからないっていうのに……)

ちょっとだけ悔しくて、でも不思議とそれも心地いい。

「……なんかさ、のろくてごめん」

そう呟くと、九条は顔を上げずに言った。

「いい。急ぐ理由はない」

その一言に、なんだか安心してしまって、澪はまたひと口、味噌汁を啜った。

休日の、特別でも何でもない朝。

けれど、こんなふうに始まる一日が、

この先、いくつあるだろうとふと思うと——

(……ちゃんと、覚えておこう)

そんな気持ちが、胸の奥にじんわり広がった。

食料品を買いに行きたい

「今日、どうする」

新聞を置いて、九条が静かに尋ねてくる。

「……買い物行きたいかも」

味噌汁を飲み終えて、ようやく頭が動き始めてきた頃に、澪がぽつりと答える。

「自分のお昼、そろそろ作ろうと思ってて。お弁当ってほどでもないけど、簡単なのでも持ってった方が節約になるし、野菜もちゃんととれるから」

九条は何も言わず、ただ視線を向ける。

「朝と夜はレオンさんが作ってくれてるから、ほんとに助かってるんだけど……お昼は仕事先で自分の分だけだし、毎日社食ってなると結構かさむから」

そう言いながら、お茶をひと口。

澪の中では、特別でもなんでもない、日常のやりくりの話。

けれど、九条が少しだけ眉を動かすのを見て、思わず笑ってしまう。

「……あー、たぶん、スーパーとか行ったことないでしょ?」

「ない」

やっぱり、即答だった。

「だと思った」

そのあっけらかんとした反応が可笑しくて、澪はふっと笑った。

「じゃあ、ちょっとだけ付き合ってよ。私が何買うか、見ててもいいし。家計簿つけてるとかじゃないけど、ちゃんと生活してるから、私」

「知ってる」

「ほんと〜?」

「……お前の冷蔵庫、見た」

「あ、そうか……」

そう言われて、ちょっと恥ずかしくなって、澪はごはん茶碗を手で隠すようにした。

車へ

九条の車の助手席に座りながら、澪はちらちらと運転席を盗み見る。

「……雅臣さんって、運転するんだ」

「する」

短く返されて、澪はちょっと目を丸くする。

「え、なんか……いつも誰かに運転してもらってそうだから」

「基本はリスク回避の為に運転手をつける」

「……合理的だなぁ……」

スムーズすぎるハンドルさばきに、またびっくりする。

「しかも、うまい……。ってか、この高級車。運転、私には無理だなぁ」

ふと思い出して、付け加える。

「ちなみに私も、一応ゴールド免許です。優良ドライバーです。実家の軽でしか走ったことないけど」

「運転するか?」

「いやです。絶対いやです。保険効かないし、ハンドル握った瞬間、緊張で手が震えて事故ります。私の人生じゃ補償しきれない」

ちらりと笑う九条。

「判断は早いな」

「そりゃあ。命と財布は守りたいですから」

スーパー到着

「……え、ほんとに入る?ここ?ここ高いよ?」

九条は無言で車を停め、助手席のドアを開ける。

「変装しないの?雅臣さん目立つでしょ……」

「誰も見てない」

「いや見てるって。スーパーにこんな人普通いないから」

九条は白シャツにコートを羽織っただけのラフな格好。

それでもオーラは消せていない。

澪はカートを引きながら、ひそひそと話す。

「……雅臣さん、食料品の値段とか気にしたことある?」

「ない」

即答。

「やっぱり!?絶対そうだと思った!」

「必要がなかった」

「そりゃそうかぁ……ちなみに冷凍食品って知ってる?」

「冷凍されてる食品だろう」

「いや、説明そのままじゃん!」

1品目はアップルマンゴー

店内に入って、商品を見た澪。

「……高っ!!」

澪が心の中で思わず叫ぶ。けれど、声には出さない。

野菜売り場のはずなのに、中央にどっしりと鎮座しているのは――宮崎県産のアップルマンゴー。一玉2480円。完熟。見た目も完璧。

皮の色が宝石みたいで、香りももう、食べる前から勝ってる。

澪は思わず足を止めて、じっと見つめてしまった。

お弁当のおかずを買いに来たはずだったのに、何をしてるんだろうと思いながらも、目が離せない。

(……美味しそう……でも高い。いや、でも絶対美味しい。けど高い。やっぱ見るだけ……)

葛藤していたら、すぐ後ろに気配がした。

「食べるのか?」

低く落ち着いた声が真横から響いて、澪はびくっと肩をすくめた。

「えっ、いや、見るだけ!……ちょっと美味しそうだなとは思っただけで!」

言い訳するみたいに慌てて答える。

が、九条は澪の言葉に返事をしないまま、棚に並ぶマンゴーに視線を落とし、ほんの数秒だけ吟味した。

そして無言のまま、一玉をすっと手に取り、カゴに入れた。

「……え?入れたの?」

「欲しそうだった」

「いや、見るだけって言ったじゃん!2480円だよ!?」

「見るだけで終わるなら、ここに来る意味がないだろう」

それ、かっこいいような、ただの浪費っぽいような……と、澪は思ったがもう口にはしなかった。

何よりまず、お弁当のおかずを買いに来たはずだった。

なのに、記念すべき一品目がアップルマンゴーって、どんな買い物スタートだ。

🥦野菜コーナー

入り口を抜けて、最初に出迎えてきたのは、整然と並べられた鮮やかな野菜たち。

まるで舞台照明みたいなライトに照らされて、レタスひと玉が宝石みたいに輝いている。

「……レタス、四百円越えてる……?」

澪がそっと手に取ったその玉は、確かに新鮮だった。巻きもぎゅっと詰まってて、色もきれい。

でも、値札を二度見して、そのまま棚に戻しかけたその瞬間。

「いるんだろ?」

九条が横から伸ばした手で、レタスを無言でカゴに入れる。

「いや、でも高いから……」

「必要なものを選べばいい。金額は関係ない」

言葉は淡々としていて、選ぶ手も止めない。

(こっちは毎日のお弁当のおかずと節約を天秤にかけてるのに……)

ブロッコリーのコーナーで足が止まる。

どれも立派で鮮やかな緑。だけど――

「……高い。冷凍でいいかな、これは……」

と呟いた澪に、また九条が無言で動く。

その中でも一番大きくて状態のいい房を見極めて、まるで“それが当然”かのようにカゴへ。

「……だから、そういうとこ!」

苦笑しながらも、口調には文句より諦めがにじむ。

「必要なんだろう。だったら、冷凍より新鮮な方がいい」

それだけ言って、今度はミディトマトのパックを吟味し始めていた。

――そして澪は見つけてしまう。

「このトマト、1パック700円……え、何粒入ってる?8……?いや、高っ!」

手に取って数えてみると、たしかに8粒しか入ってない。

(1粒約90円……高級トマトってこういう計算になるのね……)

九条が戻ってきて、パックをちらと見る。

「それ、酸味が強い。甘い方がいい」

と言って、すぐ隣にあった“フルーツトマト”を取って入れる。

1パック980円。

「値段、上がったんだけど!?」

「だから?」

ぐうの音も出ない。

澪が次に足を止めたのは、アボカドの棚だった。

艶やかな濃い緑、どれもずっしりしていて、指でそっと押すと“ちょうどいい”柔らかさ。

「……え、これ、ひとつ980円……?」

思わず声が漏れる。

(高っっ!!しかも税抜き……!)

指先でそっと撫でて、棚に戻しかけたそのとき。

横から九条が何も言わずに手を伸ばして、その中でも一番形のきれいなアボカドを手に取る。

「ちょ、ちょっと待って。これ、さすがに高すぎじゃ――」

カゴに、ぽん。

「……なんで?」

「買うんだろ?」

「いや、だから値段見た!? ひとつで、ほぼ1000円よ!? しかも普通のアボカドじゃん。普通の」

九条は返事をしない。ただ、ごく自然な顔で果物売り場の方へ歩いていく。

「……なんでそう迷いなく入れられるの!?私は“これで納豆4パック買える”とか考えるのに!」

追いかけながら、澪はこっそりスマホの電卓を開いた。

(1粒90円のトマトに、980円のアボカド……さっきのレタスも入れて……いやもうやめよ、計算したらしんどいわ)

果物コーナーに移ると、入り口に積まれていた宮崎県産のアップルマンゴーが、相変わらず堂々と存在感を放っている。

「お弁当のおかず」を買いに来たはずが、なぜかそのマンゴーはもうカゴに入っていた。

(……一品目がマンゴーって、絶対おかしいよね)

澪はそう思いながら、隣の棚へ目を移した。

赤くて艶やかな“ふじりんご”が、山のように並べられていた。

(ふじりんご…好きなんだよな)

硬めの皮に、かじるとシャキッと音がして、甘さも酸味もちょうどいい。

いつもよりちょっといいやつが並んでいるけど、贅沢ってほどじゃない。

「……これは、いいかな。朝食にもなるし」

そう呟いて、小ぶりなものを二つ、そっとカゴに入れた。

「それは、買うんだな?」

いつの間にか後ろから九条の声がした。

「うん。これは“贅沢してない買い物”だから。安心感あるの」

「値段じゃなくて?」

「気持ちの問題!」

と、言いつつ。

(……1個298円か。やっぱり贅沢かも。うん、美味しければオッケー!)

カートを押しながら、澪はグレープフルーツの棚の前で立ち止まった。

「グレープフルーツ、半分に切ってギザギザのスプーンで食べると楽だよね。…りんごも買ったし、ウサギリンゴにでもする?皮、邪魔?」

後ろを歩いていた九条が少しだけ眉を寄せる。

「……ウサギリンゴ?」

「え、知らないの? うそでしょ、小学校の給食で出てこなかった?」

「給食には出ていたが……ウサギの形をしていた覚えはない」

「誰か作ってくれたら嬉しくなるやつだよ。皮に切れ込み入れて、耳立てるの。ほら、こんな感じで」

澪が手を動かしながら説明すると、九条は目を細めて、しばし想像しているようだった。

「……不合理な加工だな。食べやすさは?」

「そこ!? 可愛さ重視なの!」

その返しにわずかに口角を上げて、彼はりんごをひとつカゴに入れる。

「なら……それでいい。作ってくれ」

「はいはい、じゃあ明日のおやつはウサギで決まり~」

ふたりのカートには、野菜とは思えない価格のアボカドと、買うつもりのなかった宮崎産のマンゴーがすでに入っていた。

さらに棚の端に並ぶラフランスを見つける。

「うわ、ラフランスもある。柔らかくなるまでちょっと置いておいて…」

「食べるのか?」

「うん。冷やしてから切ると美味しいよ。バニラアイスと一緒でもいける」

九条はラフランスを一つ手に取ると、その重みと香りを確かめるようにゆっくりと戻し――無言で別の、もっと形の整ったものを選び直してカゴに入れた。

「……今の、私が選んだのじゃダメだったってこと?」

「あれは熟しすぎていた。これはまだ少し固い。明日以降にちょうどいい」

「……いや、すごいな。果物選びに迷いがない」

「必要なら、選べばいい。それだけだ」

🥩 肉・魚売り場

冷蔵ショーケースの前で立ち止まると、目に飛び込んできたのは霜降りの美しい牛肉。

「国産黒毛和牛 ランプステーキ グラム1980円」の札がまぶしく光っている。

「……たっか!!いや、知ってたけど、高いわ!!」

澪の心の中で警戒アラートが鳴る。これは“見るだけゾーン”だ。

「お弁当には……うん、鶏肉でいい。地鶏のもも肉でも贅沢だからね。照り焼きとかにすれば美味しいし」

そう言いながら、ちょっと離れた場所に並ぶ鶏肉パックに手を伸ばそうとする。

そのとき、横で九条が無言で動いた。

澪が視線を戻すと、グラム1980円のランプステーキがもうカゴの中にいた。

「ちょ、え!?なにしてんの!?これお弁当用じゃないよ!?違うよね!?」

「たんぱく質の摂取。夕食で食う。問題ない」

「いや、そりゃ問題はないけど!!」

澪が手にしていた鶏もも肉のパックが、急に慎ましくて、可哀想に見えてくる。

「てか、こんなの買ってたら普通の金銭感覚消し飛ぶから!ちょっとずつ崩れてくやつだからね!」

九条はその澪の“庶民感”に反応することもなく、次に刺身コーナーへと視線を移す。

🐟 魚コーナー

「……刺身、食べるのか?」

「うん。好きだけど、昼はちょっと重いからなぁ。でも焼き魚とかだったら、食べたいかも」

「……これは?」

九条が指差したのは、寒ブリの切り身。脂がのっていて、照りも綺麗。

「うわ、美味しそう……。でもブリって、焼いたら部屋に匂い残るし…うち狭いし、うーん……」

「俺が焼く」

「え、えっ!?まって、料理できたっけ」

「焼くだけならできる。トレーニング後に食うものは、自分で調整する方が早い」

「……プロだわ」

ちょっと負けた気分になりながら、澪はブリの切り身を一緒にカゴに入れた。

🐟 鯖コーナー:白味噌サバ味噌と九条の食事管理

そのまま魚売り場を歩いていくと、特売の札が目に入った。

「真鯖 二枚おろし 1パック580円」

身がふっくらとしていて、脂ものっている。

「……あ、サバ味噌。久しぶりに作ろうかな」

澪がパックに手を伸ばしかけて、ふと九条の顔を見る。

「白味噌で作ったサバ味噌って、好き?……ていうか、やっぱりカロリー高いよね?」

九条はしばらく鯖の切り身を見つめたまま、すぐには答えなかった。

「ちゃんと日本酒と生姜で臭み抜きするし、落とし蓋して煮詰めて…冷めても美味しいよ」

と、澪が言いかけたところで、ようやく九条が言った。

「……うまく作れるのか?」

「うまくっていうか、普通に。不味くはないと思う。日本酒と生姜で臭み取って、白味噌と砂糖で甘めに仕上げる。白米進む系」

「なら、食べてみたい」

「ほんと? ……でも、レオンさんの食事とバランス合わなくならない?」

「問題ない。俺の分は調整する」

「……そっか。じゃあ、今日は決定ね」

そう言って、澪はサバのパックをカゴに入れた。

買い物メモにはなかったけど、こういう“気分で決めた一品”って、あとで思い出になること多い。

ハンバーグは成型して冷凍

「あと、ハンバーグ小さめに作って、冷凍しとこっかな……」

肉売り場の前で、澪がぽつりとつぶやく。

「成形だけしといて、あとは焼くだけにしとけば、お弁当にも使えるし」

「冷凍?」と九条。

「うん。ちゃんと空気抜いてラップしておけば大丈夫。朝、焼いて詰めるだけだから。野菜と一緒に炒めると彩りもいいし」

「計算してるな」

「そりゃね。毎日全部ゼロから作ってたら、時間も体力も足りないもん」

九条は黙って頷いたあと、目の前に並ぶ挽き肉を見て、一番高い和牛100%のパックを手に取る。

「……ちょっと待って、それ高すぎない!?」

「お前が使うんだろ。なら、いいものにすればいい」

「いや、ありがたいけど、そっち買うとお弁当の原価跳ね上がるのよ……!」

作り置きおかず候補

「サラダの材料は買ってあるから、朝ちょっとずつ作って詰めればいける。きんぴらは多めに作って、分けて冷凍しとこ。そしたら、何日かお弁当に入れられるし」

冷蔵庫の中身と相談しながら、澪は頭の中で一週間の献立をざっくり組み立てていく。

節約も大事だけど、ちゃんと栄養も摂りたいし、何より「自分で作ったごはん」はやっぱり安心する。

「そこまで管理してるのか」と、九条が感心したようにつぶやく。

「だって、外で買うと高いもん。野菜ちょっとしか入ってなくて、あの値段?って思っちゃうし。だったら、夜のうちに準備しておいた方が早いし安いし美味しい」

「……合理的だな」

「そっちの“合理的”とはちょっと違うけどね。私は生活を守るためのやつ」

冷蔵棚の前で、澪は足を止めた。

🥚卵コーナー

ずらりと並ぶ卵のパック。それだけなのに、しばらく動けない。

「……10個入り198円。安い方。でも、賞味期限が近いな……

6個入り298円……これ赤玉だし、ちょっと良いやつかな……」

えっ、温泉卵付きのこだわり卵……6個で450円……高っ」

棚のラベルを追いながら、小さな声でぶつぶつ呟く。

手を伸ばしては戻し、また別の卵に目を移す。その横で、九条は無言で立っていた。

「卵にこんなに種類があるとは思わなかった。」

低い声がぽつりと落ちた。

「そりゃそうでしょ。サイズとか色とか、あと飼料が違うやつもあるし。

栄養価で選ぶ人もいるし、味で選ぶ人もいるし……」

澪は、言いながら温泉卵付きのパックをもう一度手に取る。

透明なプラスチック越しに、つるんとした白い殻と、中央に小さく貼られたラベル。

“温泉卵、1個付き”。

――要するに、ご褒美系の卵だ。

「……美味しそうだなあ。でも、高いなあ……」

「……」

「こういうの、たまになら良いんだけど……」

そのとき、隣にいた九条が何の前触れもなく、そのパックを澪の手から奪い取るようにして、無言のままカゴに入れた。

「……は!? ちょ、勝手に入れないでよ!」

「お前が迷っている時間が無駄だ。食べたいなら、買えばいい」

「いや、でもこれは――」

「要るか、要らないか。それだけだろう」

反論の余地もなく言われ、澪は小さく口を尖らせた。

否定されたわけじゃない。でも、肯定された感じもしない。

ただの事実を突きつけられたような、妙に悔しい感覚。

「……あのね、温泉卵って、ごはんに乗せて醤油ちょっとかけるだけで、めっちゃ幸せになれるの。

私、ああいうのって、“たまの贅沢”で買うのが楽しいんだけどな……」

「なら、たまに買えばいい」

「……ほんとに理屈しか言わないんだから」

でも、ほんの少し頬が緩んでしまうのは、自分の気持ちをちゃんと見抜かれていたせいかもしれない。

澪はこっそりとカゴを覗いて、小さく笑った。

🫙調味料コーナー

澪はオリーブオイルの瓶を手に取り、ラベルの裏をじっと見つめていた。

その隣にはバルサミコ酢、粒マスタード、アヒージョ用のガーリックオイル。

どれも日持ちのする、でもちょっとだけ贅沢な調味料たち。

「うわ、これ絶対美味しい……」

ぽつりとこぼしながらも、澪は瓶を棚に戻した。

「……でもなぁ、こういうの買っても、誰もいなくなったら持て余すんだよね。

開けちゃったら、すぐに使い切れないし……傷んじゃうのももったいないし……」

隣に立っていた九条が、何の気なしに言った。

「お前が持って帰ればいい」

「……え?」

言われた言葉の意味が、一瞬で理解できなかった。

思わず彼の横顔を見上げる。

「いいの?」

「お前が使うなら、持って帰れ。使わないなら、買わなければいい」

「……そっか。……うん、そっか」

澪は再び瓶を手に取った。さっきより、少しだけしっかりと。

迷いがなくなったわけじゃない。でも、迷っても許される気がした。

「じゃあ……これと、こっちのマスタードも使ってみようかな」

「必要なら、選べばいい」

いつもの淡々とした言い方。でも、それは“拒まない”という意思表示でもある。

 

澪はふっと笑って、オイルの瓶をカゴに入れた。

大げさな会話じゃない。でも、日常のすれ違いにちゃんと手を伸ばしてくれる人が、隣にいる――

それが、今はちょっとだけ嬉しかった。

ドレッシング

瓶がずらりと並ぶコーナーの前で、澪が足を止めた。

「ドレッシングってさ、なに派?やっぱり……手作り?」

九条は少し首を傾けて棚を見やりながら答える。

「サラダの内容による。基本はオリーブオイルと塩。それと、柑橘か酢。調整はレオンがする」

「……やっぱり手作りか〜。うちなんか、昔はごまドレばっかりだったな」

ごまドレ、和風、おろしポン酢、シーザー。見てると次々手が伸びそうになる誘惑の棚。

「でもさ、手作りも美味しいけど、瓶詰めのって量が使いやすいんだよね。ちょびっとがけがしやすい」

「なら買えばいい」

「うーん……どれにしようかな。ちょっとだけ贅沢して、MCTオイルのにしようかな。エゴマ油にするべきか…」 

澪が振り返ると、九条は静かにサラダ用スピナーと生ハムのパックをカゴに入れていた。

どうやら、彼の中ではすでに“サラダを作る気”になっているらしい。

「……じゃあ、やっぱりどっちも買っちゃおう。好みで分けられるし」 

カゴの中に、瓶の“背筋が伸びる系”ドレッシングがぽん、と加わる音がした。

🍅トマトのカプレーゼ

カゴに生ハムを入れた九条の後ろで、澪が立ち止まった。

「生ハム買うんだったら……モッツァレラチーズも買う?」

彼は振り返りもせず、すぐに返す。

「必要なら」

「サラダにも使えるし、トマトと合わせたらカプレーゼもできるよ。バジルは……乾燥のでも十分だし」

チーズの棚に並ぶ白くて丸いパッケージ。

高級スーパーらしく、水牛のミルク使用とか、イタリア産DOP認証とか、ちょっとお高めの文字が並ぶ。

「……高っ」

思わず声が漏れて、澪は小声で笑った。

「これ一個でランチ代じゃん……」

「要るか要らないかで決めろ」

「あると嬉しい!」

即答したら、九条が無言で一番賞味期限の長いパックを取ってカゴに入れた。

「……あっさり買うんだ。悩まないんだね、ほんと」

「それが欲しいなら、削る理由がない」

「うん、確かに……かっこいいけど」

澪は、もう一度棚に視線を戻して、小さく呟いた

「……いいな、そういう買い物の仕方」

🍫おやつコーナー

買い物カゴの中に、トマト、卵、ツナ缶、牛乳。

必要なものは揃いつつあるのに、なんとなく気が抜けなくて、ふらっとお菓子売り場に足が向いた。

「これ美味しいんだよなぁ……」

棚に並んだチョコレート菓子をひとつ手に取ると、すぐ隣から声がした。

「食べるのか?」

ちょっとだけ、責められてるような気持ちになって、慌てて言い訳を探す。

「いや、その……職場のデスクにちょっと置いとくとか、非常食っていうか……」

「糖質と脂質の塊だ。非常用なら、もっと効率のいい補給がある」

「……わかってますけど!」

むっとして反論しかけたけど、九条は怒っているわけでも呆れているわけでもない。

ただ冷静に、無駄だと切り捨ててるだけの目だった。

「そういうの、全然食べないの?」

「基本的には、必要がない。食べたいと思ったこともない」

即答だった。あまりに潔くて、ちょっとだけ寂しくなる。

「でもさ、たまには……あ、でも、アスリートは違うか。ごめん」

「違うのは、役割だ。お前が食べたいなら、買えばいい」

言い方は素っ気ないのに、不思議と否定は感じない。

澪は少しだけ悩んでから、チョコレートを棚に戻した。

「……じゃあ今度、手作りのクッキー焼いたら食べてくれる?」

九条は一瞬だけ視線を逸らし、そしてまたカゴの中身に目を戻して静かに言った。

「材料が適切なら、考える」

それって、たぶん――「食べる」の意味だ。

「適切な材料ってどんなの?」

歩きながら、澪はさっきの九条の言葉をそのまま投げかけた。

「たとえば、バターとグラニュー糖ってだめ?クッキーだから、歯応えのためにグラニュー糖入れたいんだけど。あ、でもオートミール混ぜてザクザクにしたら、食物繊維も摂れるし――」

「……」

隣を歩く九条は、即答しなかった。

澪は自分で言いながら、どこまでが“適切”なのかがわからなくなってくる。

「クッキーって結局はお菓子だし、完璧な栄養食にはならないけど……でも、出来るだけ罪悪感ないやつ作るから!ほんとに」

すると九条が、ふと立ち止まって澪を見た。

「そこまでして、俺に食べさせたいのか?」

「……食べさせたいっていうか……」

顔が熱くなるのを感じながら、澪は視線を逸らす。

「……嫌な顔しないで食べてくれるなら、うれしいなって、だけで」

九条はほんの一瞬だけ眉を動かし、それから前を向いてまた歩き出した。

「そのときは、材料と成分表を先に見せてくれ」

「うわ、真面目……!」

でもその言葉の端っこに、確かに“食べてもいい”の余地があった。

それがちょっとだけ嬉しくて、澪はまたカートの取っ手を握り直す。

「よーし、オートミールと全粒粉と、無塩バター買って帰ろ!」

チョコ混ぜたやつは……たぶんダメだよね?」

そう言いながら、澪はお菓子材料売り場の前で立ち止まる。

「レーズンは?あ、でも苦手な人もいるか……あ、ナッツ入れよ!ナッツ何が好き?」

急に振られて、九条は眉を少しだけ動かす。

「ナッツ……?」

「アーモンド、くるみ、カシューナッツ、ピスタチオ……ピーカンナッツとかもあるけど」

一瞬だけ考えるように視線を棚に滑らせてから、九条は短く答える。

「アーモンド」

「OK!じゃあローストアーモンド買って、それ砕いて混ぜよう。タンパク質もあるし!」

まるでプレゼンみたいに、澪は自分で自分にうなずいた。

「あと、レーズンはやっぱり分けておこうか。色々混ぜちゃうと味がごちゃごちゃするし」

九条はそれを聞いても、別に何も言わない。ただ、澪が真剣に何かを考えてるのがわかるのか、歩みを緩めて付き合ってくれている。

「今月、バレンタインあるし……」

お菓子売り場の片隅で、澪がぽつりと呟いた。

「それ用のお菓子にしようかな」

一瞬、九条の視線が彼女の横顔をとらえる。けれど澪はまるで気づかないふりで、棚のクッキー型を眺めている。

「見た目、全然可愛くないけどね。完全に歯応え重視。……ほら、外で売ってないクッキーって感じ?」

苦笑まじりにそう言って、手に取ったアーモンドスライスの袋を軽く振ってみせる。

「バターとグラニュー糖はできるだけ控えめにして、オートミールでザクザクに。チョコは入れないけど、代わりにナッツ多め。……私、そういうのしか作れないし」

彼女の言葉に、九条は何も返さない。ただ、視線だけが彼女の手元から、表情へと滑っていく。

「……それを、お菓子って呼ぶのか?」

「呼ぶもん!」

澪は振り返って笑った。きっぱりと。

「私なりの、頑張ったお菓子。……可愛くなくても、美味しいはず。たぶん」

そう言いながら、アーモンドとオートミールと、ついでにくるみもカゴに入れた。

「結構職場で評判いいし。……自分用のおやつにもするし」

澪は小さく唇を尖らせながら、グラニュー糖のパックをカゴに入れた。

その瞬間、後ろから気配が変わる。

「……なに?」

振り返ると、九条が静かに立ち止まっていた。無言。目線だけが澪に向いている。

「え、何か言った?」

「……職場で、誰が食べるんだ」

「……え?」

一拍おいて、ようやく言葉の意味を理解する。

「え、いや……普通に、女の子の同僚とか、仲いい人とか……」

「男もいるのか?」

「い、いるけど!?そんな、全員に配るわけじゃ──」

「どんなやつだ」

「ちょっと待って、なんで詰問されてんの!?

さすがに手作りだから、女の子にしか渡さないよ。怖いじゃん、職場で手作りお菓子配るとか。……前にちょっと女の子にあげたら評判良かったから……」

そう言いながら、澪はドライフルーツの棚に目をやる。

でも、返事がない。

おかしいな?と隣を見ると、九条は無言のまま、じっと澪の手元を見ていた。

「……え、なに?」

「“女の子にしか渡してない”ってことは、他に欲しがったやつがいたってことか?」

「そこ拾う!?」

「いたのか?」

「いや、そんな“ください!”って言われたわけじゃないけど……あれ?ちょっと待って、なんで私、取り調べ受けてるの?」

九条はカートをゆっくり押しながら澪の前に出た。

「……あげなくていい。俺が食べる」

「えっ」

「全部、俺が食べるから。他の誰にもやるな」

その一言で、澪の脳内が一瞬、真っ白になった。

「……」

思考がうまく繋がらないまま、九条はごく自然に、何事もなかったように次の棚へと足を運ぶ。カートのタイヤが床を滑る音だけが妙にやけに響く。

置いていかれた澪はというと、ぼうっと立ち尽くして、九条の背中を見つめる。

(ちょ、ちょっと待って……今の……また不意打ち……)

じわじわと顔が熱くなっていくのが、自分でも分かる。

(スーパーでやめてよ……人いるのに……)

心の中で何度も繰り返す、あの低くて静かな声がリピート再生されるたびに、頬の火照りが強まっていく。

(いやだから…忘れた頃に出てくるのよ……だめだ可愛い……)

完全に、いつもの冷静な“支配者”から、急に顔を出す“中学生男子”雅臣にやられている。

お会計

レジに並んで、澪は内心そわそわしていた。

カゴは2つに増え、すでに溢れそう。野菜、肉、果物、冷凍食品にチーズ、調味料、スイーツ、そして──なぜかアップルマンゴー。

「……ちょっと買いすぎたかも」

ポツリと呟いた声に、九条は無言で澪のカゴを引き取って、精算台へ。

澪は渋々後ろからついていく。

ピッ──

「598円」

ピッ──

「1,280円」

ピッ──

「2,980円」

(わあ、シャインマスカット高……)

モニターに表示される合計金額が、着実に桁を増やしていく。

──8,470円。

(この時点で、私の週の食費ほぼ超えてるんだけど)

ピッ──

「3,680円」

(やめて、まだレジ通してない分ある……)

ピッ──

「4,320円」

「1,980円」

「980円」

「1,500円」

「1,280円」

(ストップ、止まって……もうそれ以上は……!)

「合計、33,540円です」

「……っっ!!」

澪は絶句しながら、財布に手を伸ばしかけ──その手を九条にそっと止められた。

「いい。俺の分もある」

「え、でも……」

「お前の昼に使う食材だろ。なら、必要なものだ」

あまりにさらっと言われて、何も言い返せなくなる。

支配でも押し付けでもなく、本当にただ、“必要だから”というだけの理由で。

その合理性が、いちばん逃げ道をなくす。

袋詰めの間、澪はレシートの金額を何度も見てしまっていた。

帰り道

静かな車内。

エンジンの音もほとんど聞こえない、レクサス特有の密閉された空気の中で、澪は助手席で、なにかを飲み込んでいた。

九条は前を向いたまま言った。

「何か不満か?」

「……ううん。逆。ちょっと……ありがたすぎて、何から言ったらいいかわかんないだけ」

「買い物をしただけだ」

「いや、でも……。朝も夜も毎日ごはん食べさせてもらって、お昼のお弁当の材料まで買ってもらって。こんな高級スーパーで」

九条は答えなかった。

しばらくして、信号が青に変わると、車はまた静かに滑り出した。

「……なんか、ごめん。何から何までたくさん買ってもらってばっかりで」

「謝る理由がない」

「でも……やっぱり、なんか返さなきゃって気になっちゃう」

九条はハンドルから手を離さず、前を見たまま口を開いた。

「金を出しただけだ。お前が作って、お前と俺で食べる。一方的に与えたつもりはない」

「それでも…今日だけじゃなくて、私ばっかり受け取ってる気がするの。食費だけじゃなくて、場所とか、時間とか、安心とか…」

一瞬、信号で止まる。

九条はゆっくりと視線だけを横に向けた。

「“俺は何もお前に与えてない”って、前に言った」

「……うん。初めて会ったとき」

「それでも、お前は“いるだけで良い。ただ話すだけでいい。声を聞けたり、顔が見れるだけでいい。それだけで良い。”と言っていた」

「……よく覚えてるね」

「忘れない。あれは、俺にとって“理解できなかった言葉”だったからな」

しばらく沈黙が続く。

「……それが今は、お前が“何か返さなきゃいけない”と口にする」

澪は息をのんだ。

「その必要はない。“一緒に得ればいい”。与える/与えられるの関係じゃなくて、俺たちは……そう在ればいい」

「あ……」

澪は、目の奥が熱くなるのを誤魔化すように、折りたたんでいたレシートを広げた。

「……今の、メモしていい?」

「好きにしろ」

帰宅して、調理開始

🥕 澪の作り置きメニュー

■ にんじんしりしり(冷蔵3日)

• 千切り人参+ツナ缶(油ごと)+卵

• ごま油で炒めて、ほんの少しめんつゆ or 白だしで味付け

💬 澪「しりしりって何、って顔されたけど、意外と気に入ってそうだったなぁ…ツナ最強」

■ 小さめハンバーグ(冷凍OK)

• 玉ねぎみじん切り炒めて、合挽きとパン粉と牛乳でタネを作る

• ひとくちサイズにして焼いて、冷凍!

💬 澪「これ焼きながら他のも作ると効率いいんだよね。レンチンすればすぐ食べられるし」

■ きんぴらごぼう(冷蔵4日)

• ごぼうとにんじん、ささがきしてごま油炒め

• みりん・醤油・砂糖で甘辛く仕上げ

💬 澪「冷めても味がしっかりしてて、お弁当にぴったり。白米にも合う」

■ 味玉(冷蔵3日)

• 半熟ゆで卵を、麺つゆ+醤油+水に漬け込むだけ

💬 澪「これは…さすがにレオンさんに怒られるかもな。塩分多め。でも美味しい」

■ ブロッコリー&冷凍ポテト&モッツァレラチーズのグリル

• スキレット or 耐熱皿で焼いて食べる。ちょっとした一品になる。

💬 澪「冷凍ポテトって、揚げるより焼く方が好き」

🍱 その他ポイント

• 「冷凍庫のスペース考えてタッパー選ぶ」

• 「ドレッシングかけるのは朝か、前もって混ぜておく」

• 「ハンバーグにチーズ乗せるか迷う」

• 「朝弱いから夜のうちにやっとく!」

九条「それ、すべて今日使うのか?」

澪「うん、これが私の節約術!あと、気持ちの整理になるの。何か作ってると安心するんだよね」

九条「なるほど……では、俺は黙って邪魔をしない」

澪「いや、洗い物や片付けはしてくれていいよ?」

九条「……検討しておく」

庶民モード発動

テーブルの上に並べられた材料を見つめて、澪は心の中で呟いた。

(これ、全部“お弁当のため”に買ったと思うと、罪悪感すごいんだけど……)

九条に言わせれば「必要な栄養と品質に金を惜しむ意味がわからない」らしい。

でも、庶民感覚としては、これだけ出資されてしまうと、“何か返したい”気持ちがどうしても湧いてしまう。

澪はひとつ深呼吸して、エプロンの紐をきゅっと締め直した。

「じゃあ、私にできることで返しますか。庶民主婦モード、発動です」

フライパンの上で、しりしり用の人参がじゅっと音を立てる。ツナ缶の油が絡んで、いい香りが広がった。

「……“しりしり”ってなんだ?」

背後からふいにかけられた声に、澪はちょっと吹き出しそうになった。

「やっぱり聞くと思った。沖縄の家庭料理。千切り人参と卵とツナで作るの。名前がかわいいでしょ?」

「名前はともかく……手際はいいな」

「作り置きしとけば、朝に詰めるだけだし。お昼は私も出勤、雅臣さんも練習でいないじゃん?レオンさんの料理に頼らなくていいように、お弁当は自分でね」

「……合理的だな」

少し経って:皿に盛りつけたハンバーグを九条が試食

「チーズは乗せなかったんだな」

「うん。レオンさんに怒られそうだから。カロリー爆弾すぎて」

「俺が食う分には構わないが?」

「あなたは消費カロリーえげつないですから」

九条が微かに笑って、黙って一つ口に運ぶ。

お金じゃ返せないけど。

じゃあせめて、こういう日常の中で、“一緒に得られるもの”を、私なりに渡していけたら。

ちゃんと、届くように。

作り置きのおかずを順番にタッパーに詰めながら、澪はひと息ついた。

キッチンカウンターには、にんじんしりしり、きんぴら、ブロッコリーのグリル、カットした温野菜、そして小さめハンバーグたちが整列している。

背後から九条の低い声が落ちてきた。

「……いつも、こんなに作るのか?」

「うん。大体一週間分。詰めるだけでお弁当になるようにしておくと、朝ラクだし、栄養が偏らないように野菜もちゃんと取れるようにしてる。あと、節約のため」

澪は冷凍庫のスペースを確認しながら、空気を抜くようにフタを閉じた。

「今回は高級食材だから……むしろ“贅沢弁当”になってるけど」

「必要な栄養素に金をかけることは、贅沢でも無駄でもない。必要経費だ」

「……さすがアスリート」

少し苦笑しながら答えた澪に、九条がちらと視線を寄越す。

「お前も、収入が少ないわけじゃないだろう」

「……まあ。一応Sunreefの販売担当なので?それなりには、ね。けどさ、出費増えると怖いの。住宅手当とかもらってるけど、毎月の生活費って意外とすぐ溶けるし」

九条は洗っていたマグカップを伏せながら、静かに言った。

「必要なものには金をかけろ。必要なものまで削るのは節約でも倹約でもない。ただの自損だ」

「……雅臣さんって、金言多いよね。やっぱ、稼いでる人は違うわ」

澪は笑いながらそう言って、ブロッコリーの入ったタッパーをラップで包んだ。

「でも、確かに……ここで暮らすようになってから、すこぶる体の調子がいい。肌も絶好調。化粧ノリもいいし、冷え性もマシになった」

「なら、金をかける価値があるということだ」

「うん。確かに。――いや、でもアップルマンゴーは贅沢だって!」

「……それは、ちょっとした贅沢だ」

九条がわずかに口角を上げたのを見て、澪も思わず笑ってしまった。

彼は一度、澪の皿と、キッチンカウンターの容器とを交互に見た。

「出資したんだ。献上してもらおう」

「えっ」

「半分でいい」

「いや、あの、そっちはレオンさんの栄養計算もあるから……。変に混ぜるとバランス崩れちゃうんじゃない?」

「それはそれ、これはこれだ」

そう言って、九条は自分の皿を取りに行く。

澪は慌ててサラダを足しながら、にんまり笑う。

「なんか、出資者にご納品してる気分だな……」

🍽 昼下がり、キッチンにて

皿を並べ終えて、澪がふうっと一息ついたところで、背後から九条の声。

「……お前、料理できたんだな」

思わず振り返って目を丸くする。

「……失礼な! 一人暮らし歴、そこそこ長いんですけど!?」

九条は目を伏せたまま、静かにハンバーグを一口運ぶ。

「……てっきり、デリバリーかコンビニで済ませてるのかと」

「それ、偏見じゃない!? 冷蔵庫の中身、結構整ってたでしょ!」

「見てない」

「見たって言ってたじゃん!!もうめっちゃ頑張っていつも作ってるから!!冷凍庫まで詰めてるから!!」

「……献上品のために役立ったな。しかも保存状況まで責任持つとは、さすがだな」

「なんか言い方ムカつく!」

九条はくすっと小さく笑ったあと、真顔でこう言う。

「でも……美味い」

その一言に、澪の手がぴたりと止まる。

「……そ、それはどうも。納品先にご満足いただけて光栄です……」

赤くなった顔を隠すように、お茶のカップを持ち上げた。

Lunch Time

昼下がりのダイニング。レオンが用意してくれた野菜多めの鶏むねソテーに、澪の作り置きおかずが添えられたランチプレートをつつきながら、澪が口を開いた。

「そういえばさ、あの、ゲームの内容どうする?勝った方が、負けた方に好きな服というか衣装というか、着せれるっていうやつ。結局、ゲームの内容まだ決まってなかったなーって」

スプーンを置いた九条が、静かに視線を上げる。

「……わざわざ言い出したということは、負ける覚悟が決まったということか?」

「はい?誰が負けるって言いました?私の欲望もかかってるから、わざわざ言い出したんですよ?」

「で?お前が万が一勝った時には着せたい服とやらは決まったのか?一応、聞くだけ聞いておいてやる」

「ちゃんと勝った時にお伝えするので、その時のお楽しみにしておいてください」

ふたりの目が静かにぶつかる。

テーブルの上にはスープの湯気、ナイフとフォークが反射する光。そして、何気ない日常の中に混じる、言葉の火花。

(……まあ、着せたい服、あるにはあるんだけど)

そんな澪の心の中を見透かしたように、九条はコーヒーを一口、ゆっくり飲んだ。

20の質問

「20の質問ゲームってのどう?20個の質問をして、相手が思い浮かべてるものを当てるの。でも物でもいいし、概念でもいい。解答は多岐に渡る」

澪が人差し指を立てて九条の目を見た。

🔹ルール

• 一方が「ある物(or 人、概念)」を思い浮かべる

• 相手は Yes/Noで答えられる質問を最大20回までして、それが何かを当てる

• 心理戦・読み合い・ひっかけ質問・沈黙の間…全部が“駆け引き”

澪が出題者から。

九条が質問して、20個の質問以内に答えを当てに行く。

「とりあえずお試しからなので、質問無制限にします。でも解答権は1回ね。慎重に回答してください」

(九条じっと澪を見る。まるで“相手が何を考えているか”を読み取るように、静かに構えた視線)

質問1

「それは、生きているものか?」

さあ、澪の答えは「はい」?「いいえ」?

こっち(九条)も意地でも当てにいくからね?

「No。生きてない」

九条「なるほど、生きていない」

(わずかに頷いて、目を細める)

質問2

「それは、手に持てるサイズか?」

(次の一手を探るように、淡々と)

「YES。持てる」

九条「……ふむ。手に持てるサイズ、か」

(視線を澪から外して、少しだけ考える素振り)

質問3

「それは、電子機器か?」

(核心に近づくような問い方で)

「YES」

九条「電子機器で、手に持てて……生き物ではない」

(指先でテーブルをコツ、と軽く叩きながら)

質問4

「通信に関係する機能があるか?」

(スマホ・Wi-Fi機器・Bluetooth系などを想定しながら)

「YES。ある」

九条「ふむ……通信機能あり、手に持てる、電子機器……」

(やや顎に手を添えて)

質問5

「それは主に個人で使用されるものか?」

(家庭や職場の共有物ではなく、基本的に一人が使うものかを探りにきてる)

「YESでもあり、NOでもある」

九条「……ほう。人による、というわけか」

(少し目を細めて、口元にわずかな笑み)

「つまり、私のように個人主義な人間が使えば“個人使用”で、

 オフィスや家庭で使えば“共有物”にもなり得る……そんな立ち位置のものだな」

質問6

「その物は、情報の閲覧や保存に関係しているか?」

(ややストレートに本質を突こうとしてきてる。記憶媒体かどうか探ってる)

「うーん、、、記憶媒体かどうかで言えばNO」

九条「記憶媒体ではない、か……」

(椅子の背にもたれ直しながら、ほんのわずかに眉を動かす。次第に思考が研ぎ澄まされていく気配)

「ふむ。では次に行こう」

質問7

「それは電子機器に接続して使うものか?」

(ようやく少しずつ絞ってきた感じがある)

「YESでもあり、NOでもある」

九条「……曖昧だな」

(わずかに目を細める)

「つまり、“接続することもあるが、必須ではない”という解釈でいいのか?あるいは“接続して使う使い方も存在するが、本来は単体でも機能する”……どちらかだな」

(指先でテーブルを軽くトントンと叩いて)

「では──」

質問8

単体で使うことの方が一般的か?」

(九条、ここで一気に主軸を見極めにかかってきてる)

「NO」

九条「ふむ、単体では使わない……つまり、何かに接続する前提の道具ということだな」

(静かに頷きながら、視線は少し楽しげ)

「となると、今のところの情報を整理しよう」

ここまでの情報整理(質問1~8)

1. ❌生きてない

2. ✅持てる

3. ✅家の中にある

4. ✅家電と呼べる可能性あり

5. ✅でも❌でもある(→複数のカテゴリにまたがる?)

6. ❌記憶媒体ではない

7. ✅でも❌でもある(用途や文脈で変わる?)

8. ❌単体で使うことが多くはない

九条(内心)「つまり、それ単体では機能が完結せず、接続ありきで初めて役割を持つ。そして澪が選ぶということは……おそらく日常的に“使っているつもりで、よく忘れたり紛失しがち”な、コンパクトな接続系アイテムの可能性が高い」

「……次で決めにいくぞ」

質問9

「それは、スマートフォンやパソコンと接続して使うものか?」

「おお。YES」

九条(確信を深めた表情で軽く頷き)

「やはりな。これでかなり絞られた」

情報整理(ここまでの9問)

1. ❌ 生きてない

2. ✅ 持てる

3. ✅ 家の中にある

4. ✅ 家電っぽくもある

5. ✅❌ 両方(カテゴリが曖昧)

6. ❌ 記憶媒体ではない

7. ✅❌ 両方(用途や見方で変わる)

8. ❌ 単体では使えない

9. ✅ スマホやPCと接続して使う

九条(ごくわずかに口角を上げて)

「お前が選ぶなら、生活感がありつつ、俺が一発で正解しにくい、そんなラインだろうな。……接続用のアダプタか、ハブか、ケーブルか」

「では次に――」

質問10

「それは、音声や映像の出力に関係しているものか?」

「うーん……質問の定義が広い。何とも言いづらい。関係はしてるっちゃしてるけど……って感じ」

九条(少し目を細めて)

「“関係してるといえばしてる”…か。つまり、主目的ではないが、そういう使い方も可能ということか」

(指先で机をトントンと軽く叩きながら)

「なるほど。周辺機器ではあるが、直接的なスピーカーやディスプレイではない。だが、間接的に音声や映像の出力経路には関与しうる」

「つまり、中継・補助的な役割を果たすもの。よくある“USBハブ”や“HDMI変換アダプタ”の類か、あるいは充電やデータ転送系にも使われる……その辺りだな」

質問11

「それは、USBポートに差し込んで使うものか?」

「YESでもあるし、NOでもある」

九条(眉をほんの少しひそめて、思考の速度を落とさず)

「YESでもありNOでもある……つまり、USBポートに挿す形態もあれば、それ以外のインターフェースでも存在するということか。あるいは、本体によって接続形態が異なる可能性がある

(肘をついて静かに)

「つまり“カテゴリ”として統一しづらい、“用途で括るタイプの道具”ってことだな。ここまでの情報を整理すると──」

📌 これまでの情報まとめ(九条視点)

• 生き物ではない(No)

• 持ち運べる(Yes)

• 人が使う(Yes)

• 電源が必要な場合もある(YesでもありNoでもある)

• 記憶媒体ではない(No)

• 音や映像に関係は“しているっちゃしてる”(微妙)

• USBポートに差すかどうか:YesでもありNoでもある

九条(口元だけで少し笑って)

「いいだろう。では──質問12

「それは、BluetoothやWi-Fiなどの“無線通信”機能を備えた機器か?

「YES。でもNOもある」

九条(微かに目を細めて、椅子にもたれながら)

「……また“YESでもありNOでもある”か。ふむ、無線対応のモデルもあれば、有線接続が主流の機種も存在する。つまり、“カテゴリとしての統一性はあるが、仕様のばらつきが大きい”タイプの製品だな」

(指で軽くテーブルを叩きながら)

「ここまで来ると、ユーザーの使い方や機器の世代によって、仕様が違って見えるガジェット系の道具……例えば、マウスやキーボード、イヤホン、あるいは…」

(目を伏せ、少し間を置いて)

「質問13。そのアイテムは、音声の出力または入力に使われることがあるか?

「NO」

九条(即座に反応し、軽く頷く)

「ふむ、音声の出力も入力もない……となると、イヤホンやマイク、スピーカー、ヘッドセット類は除外される

(手元の情報を整理するように、静かに独りごちる)

「持ち運べる。小さい。なくしやすい。電子機器に関係はしている。だが音は関係ない。USB周辺。無線も有線もある。記憶媒体ではない。生きてない。触れる。ある」

(次の一手を吟味するように)

「質問14。それは“パソコン本体”には通常含まれていないが、パソコンと組み合わせて使われるものか?

「それ質問2つ含まれてるとみなして良い?」

九条(口元だけ笑う)

「……そう判断するなら、いいだろう」

(軽く頷いて訂正する)

「では質問14、ひとつに絞ろう」

それはパソコンと組み合わせて使うことが多いか?

「YES」

九条(腕を組みながら一呼吸おいて)

「なるほど。では15問目」

音を扱う用途で使われることがあるか?

「その質問の仕方ならYES」

九条(少し口元を緩めながら)

「ふむ……徐々に絞れてきたな」

質問16

「では、それは通信機器に接続して使うことがあるか?

「どの通信機器かにもよりますが、YES」

九条(指先で軽くテーブルを叩きながら)

「ほう。となると……スマートフォン、またはPCと接続する可能性はあるな」

(少し間を置いて)

質問17

「では次の質問だ。それは、データの送受信そのものには直接関与しないものか?

「うーん…まあ、なくても送受信はできるよ」

九条(目を細めてにやりと笑う)

「……なるほど。“なくても成立するが、補助的に使われる可能性があるもの”。つまり本体ではない。だが、用途次第では重要にもなる」

(少し肘をついて、澪の目を見ながら)

質問18

「では、それは音声や映像の出力に関係するものか?

「いや、出力はしないね」

九条(頷きながら指を一本立て)

「ふむ、出力はしない。つまりディスプレイやスピーカー系ではない。“なくても通信はできる”“持てる”“小さい”“生活に関係ある”」

(少し間を置いて)

質問19

「…となると、充電に関係しているものか?

「関係してない、かな。それそのものは充電が必要だけど、充電を助けるものではない」

九条(小さく目を細める)

「なるほど。“それ自体は充電が必要”だが、“充電を助けるものではない”。」

(低く、淡々と)

質問20

「では…それは音を出す機能を持つか?

「どの種類の音かによる。音を出すか出さないか、だけなら音は出す。」

九条(一拍、間を置いて)

「音を出すが、音の“種類”に注釈がつく……」

(手元にあるグラスに視線を落としながら)

質問21

「――つまり、それは“音楽”のような娯楽音ではない。通知音や電子音のような“機能音”か?」

(声色は淡々としているが、推理は鋭く研ぎ澄まされている)

「いや、電子音じゃないね。電子音出すものもあるのかは知らない。一般的には電子音は出さないかと。」

九条(眉をわずかに寄せて)

「……電子音ではない。では、自然音か?」

(思考の糸をさらに辿るように)

「物理的な接触や使用によって、“擦れる”“ぶつかる”といった音が鳴る可能性がある、という意味か?」

(それとも――と、視線を斜め下に落としながら)

「“動作音”が鳴る構造の道具、あるいは中身が入っている時だけ音が鳴る類か……」

「もうちょい絞れる質問あるけどな。まあ任せるよ。もうでも質問数20超えたし、そろそろ答えないと本番じゃ通用しませんよ?」

九条(静かに目を細めて)

「ふ。挑発か?」

(手を組んだまま、声を低くして淡々と)

「では、絞ってやる」

──少し間を置いてから、落ち着いた口調で。

「それは、“一般家庭にあるもの”か?」

「あると思ってたけど、最近はない家庭も増えてるみたいね。昔の方が各家庭にあったかも」

九条(静かに頷きながら)

「なるほど。“家庭にあったが今は減っている”……それ自体がヒントになるな」

(眉間に軽くしわを寄せて、過去の家庭の定番を頭の中でリストアップしていく)

「では――」

少しだけ間を置いてから。

「それは、“映像”と関係があるものか?」

(あくまで淡々と、だが確実に“古くて今は少ない”“音は出すが電子音ではない”という断片を束ねて絞り込みにかかっている)

「関係っていう定義が広いけど、無いって言っといた方が良いのかな。関係っていう意味が広過ぎて答えにくい」

九条(少し口元だけ笑って)

「……そう答える時は、ほとんど“無い”に等しいな。了解。では“関係なし”と受け取っておく」

(問いを整理するように、ゆっくりとした口調で)

「これまでの情報から考えると――

• 昔の家庭にはあったが、今は減っている

• 音は出す(が電子音ではない)

• 電源や充電は必要(されることもある)が、主用途ではない

• 通信機器に関係はあるような、ないような

• 記憶媒体ではない

• 手で持てるサイズ」

「……さて、残りの質問数、あとわずか。そろそろ決定打が必要だな」

(視線を澪に向けて)

「それは、“電話”と一緒に使うものか?」

※これ、かなり絞ってきてるから、澪が答える内容で当てられる可能性あるよ。言い回し慎重にいくか、撹乱するか、選ぶなら今。

「電話がスマートフォンなら、一緒にも使える。でも一般的じゃない。」

九条(目を細めて、低く笑う)

「……ふむ。スマートフォン“でも”使えるが、一般的ではない」

(手元にある情報を再確認するように)

「つまり、

・現代では家庭から姿を消しつつあり、

・持ち運べて、

・音を発するが電子音ではなく、

・スマホとは接続可能な場合もあるが稀、

・記憶媒体でもなく、

・通信の出力機能もない、

・主な目的は通信機器の充電でもない」

(椅子に深く座り直して、意地の悪い笑みを浮かべ)

「……さて。“それ”は――」

(少し間をおいて)

「……受話器か?」

(わざと“古め”の答えをぶつけてくる九条)

「違う。ちょっとイメージ古い。もっと現代的。何故今の家庭から減ってるのか、背景を知ってると答えやすいかも。何故昔の家庭にはたくさんあったのか。」

九条(わずかに眉を上げて)

「……昔の家庭にはあり、今は減っている。理由が“時代背景”にあると」

(指でテーブルを軽く叩きながら、思考を辿る)

「持ち運びできて、音を出す。だが電子音ではない。スマホとも併用できなくはないが一般的でない。記憶媒体ではないし、出力機器でもない」

(少し沈黙してから、ふっと息を吐く)

「……正直、出題者の性格の悪さがにじみ出てるな」

(冗談っぽく牽制しつつ)

「だが、“昔の家庭にあった理由”を考えるなら――呼び鈴、インターホン、目覚まし時計…いや、どれも該当しない」

(不意に思い当たったように)

「……もしかして、“固定電話機”ではないのか」

「“受話器”じゃなくて、“本体”。卓上型の電話機そのもの。スマホの普及で家庭から消えているが、昔は当たり前に存在した」

(九条、静かに出す)

「答えは、家庭用の“固定電話機”」

「お?ギブアップ?

答え、マウス。

途中で雅臣さん、マウスって選択肢に出してたよ。

使い方の用途が広過ぎて回答しづらい質問多かった。

単独では使わない。パソコンとセットになってることが多いけど、タブレットとかスマホでも使えなくは無い。コードついてるのもあるし、ワイヤレスもある。家庭で使ってることもあるし、職場で共用することもある。

今はスマートフォンとタブレットが普及してパソコンがある家庭が減ってるから、若い子だとマウス使い方分からない子が増えてるんだよ。iPhoneとか生まれる前ならもっと普及してた。」

九条(静かに目を細めて、腕を組んだまま)

「……そう来たか」

(わずかに口元が緩む)

「確かに、途中で選択肢には浮かんでいた。だが“マウス”のように中途半端に汎用性がある道具は、質問の返答が曖昧になりやすい」

(視線を澪に向けて)

「お前、わざと“YESでもありNOでもある”を連発して、混乱させたな」

(と、小さく苦笑しながら)

「……勝負には負けたが、これはお前の答え方の巧妙さにやられたというべきか。悔しいが見事だ」

(間を置いて、冗談めかして)

「今度は俺が出題者だ。覚悟しておけ」

(そして一言)

「……マウスの使い方が分からない世代。時代だな」

「むふふふふ。しかも、音出すじゃん?カチカチって音。電子音は鳴らすやつ聞いたことない。

「光る?」って聞いてくれたらYESって答えたから、キーボードかマウスか、って絞れたのに。光るPC周りの機器ってあんまり無いから」

九条(低く唸るように)

「……そこまで想定していたのか。完全に一本取られたな」

(ゆっくり顎に手をやり)

「たしかに“光るか”と聞けば、一気に絞れた。だが“音を出すか”の質問でお前が“電子音ではない”と答えた瞬間、俺は音響機器を候補から外した」

(軽く目を伏せ、まるで敗因を分析するように)

「その一言で流れを断たれた。“光る機器”としてマウスを改めて検討すべきだった。完全に誘導された」

(視線を澪に戻し)

「嬉しそうだな、澪」

(少し睨むように、けれど笑みを含んで)

「勝者の顔をしている」

(そして淡々と一言)

「次は、もっと本気でいく。お前が“何も答えられなくなる”くらいに、な」

「はい、ではどうぞ。これ何本とったら勝ちにする?3本くらい?10本とかにします?」

九条(椅子に背を預け、指先で軽くテーブルを叩きながら)

「……三本勝負では運で勝てる。十本では時間がかかる。五本、が妥当か」

「じゃあ5本先にとったほうが勝ちにしようか。次雅臣さん出題者ね。サバンナのマイナーな動物とかマイナーな世界遺産とかやめてね。知らないと答えられないから」

「…わかった。ただし状況次第で難易度を上げる」

「うわ、こわ。質問の数わかんなくなるから、数えながらいこうか。質問1。有機物ですか」

「YES。炭素を含む“生物由来”または“生物の関与がある物質”として考えてOKだ」

「質問2、日常的な食べ物?」

YES。一般的な家庭や店で比較的よく見かけるタイプの食べ物だ」

「質問3。一般家庭で作る料理ですか?」

「家庭でもよく作られる、比較的なじみのある料理だ」

「料理なのか…材料じゃないのか…じゃあ肉とか野菜とかそういうのじゃないってことか。質問4。雅臣さんはよく食べますか?」

「YES。割と食べる。お前も作れそうだ」

「九条雅臣がよく食べる料理…健康に良さそうだな。

しかも私が作れそうなものなんだ…。

質問5、甘い系の味ですか?甘辛いものも該当します」

「YES。甘さは感じられる。甘辛い系の味付けには確実に入る。白ご飯と合う」

「あれ、意外。甘辛いに該当するんだ。

質問6、野菜メインの料理ですか?」

「NO。主役は野菜じゃない

野菜も入ってることはあるが、メインではない。あくまで脇役だ」

「ってことは肉とか、そういうのがメインの甘辛い系の味の、料理か。

しかも野菜入ってるのね。メインじゃないけど。

質問7、日本料理ですか?」

「YES。日本料理に分類される。家庭料理として定番だ。厳密にはジャンルが混ざるが、日本料理でいい」

「うわ、むずくない?

質問8、それ野菜が入ってないこともある料理ですか?野菜入れてもいいけど、入ってなくても不自然ではない料理?」

YES。野菜入りも普通だが、入ってないものもある

家庭や人によって具材は違うが、メインは“肉”」

「豚肉?」

「YES」

「煮物系ですか?」

「YES」

「…豚の角煮?」

「正解だ」

「わーい!」

両手をあげて喜ぶ澪。

「まさか雅臣さんが豚の角煮をよく食べるとは…」

澪「これは私が良い調子で勝っております。欲望の力ですかね」

九条「……なるほど。欲望に従えば強くなる、か。人間らしい理屈だ」

(すっと姿勢を正し、グラスの水を一口)

じゃあ次、澪の出題。

澪「答えなににしようかな…あ、じゃあ…決めた!結構難しいかも。では、質問どうぞ!」

1問目:

「それは有機物か?」

(声のトーンは低めで、淡々と、でも探るように)

「うーん、、、無機物かな。単体で考えない方が良いかもしれない。一応無機物」

九条「無機物、か……。単体で考えない方が良い、ということは……構成要素か、付随物か」

2問目:

「日常生活で頻繁に目にするものか?」

「私は頻繁には目にしない。てか、一回行ってみたいと思ってて、行けてない。頻繁に行く人は行くかも」

九条「――ふむ。“行く”……?」

(ちょっと目を細めて、思考モード突入)

「つまり、対象は“場所”に関係している、あるいは“場所”そのものとも解釈できる。“無機物”単体ではなく、空間や施設、あるいはそこにある何かか」

3問目:

「それは、“施設”のようなものか?」

「うん。施設っぽいかな。ヒント出さないと辿り着けなさそうだから、今回は優しめ澪さんです」

九条「……ふむ。どうやら“優しい”澪さんが今日は出てきたようだな」

(お茶を一口飲んでから、少し口元を緩める)

「つまり、“私が頻繁には行かないが、行きたいとは思っている施設”。人によってはよく行く。無機物。単体では考えない方がいい……。なるほど」

4問目:

「それは、娯楽に関係する場所か?」

(九条、視線を逸らしながらも慎重に絞ってくる)

「うん。娯楽といえば娯楽。でも本気の人もいるかも」

九条「……なるほど。“本気”の人もいる娯楽施設、か」

(眉をわずかに動かしながら、手元のカップに視線を落とす。何かを絞り始めている)

5問目:

「屋内施設か?」

(冷静に、しかし着実に詰めてくる。音もなく駒を進めるように)

「うん!屋内!屋外でこれやれないんじゃないかな、たぶん…。屋外のこれ見たことない」

九条「ふむ……屋内限定、か。娯楽でもあり、本気の人もいる。お前は行ったことがない。無機物の集合体として存在し、施設と呼べるもの。……面白い」

6問目:

「競技性があるか?」

(まるでラリー中のような静けさと集中力。あくまで一手ずつ、着実に詰めてくる)

「ない!争う場所じゃない」

九条「なるほど……争わない。ならば純粋に楽しむ、あるいは体験する場だな」

7問目:

「視覚的な刺激が主か? 音や香り、触覚より、見て楽しむ要素が強いかどうか」

「全部!空間を楽しむ」

九条「空間を楽しむ、か。視覚・聴覚・嗅覚・触覚すべてに訴える場所……。ふむ」

8問目:

「その場所には飲食の提供があるか?」

「あります!がっつりあります!」

九条「なるほど。空間を楽しむ屋内の娯楽施設で、飲食もがっつり提供……。争いはなく、頻繁に行く人もいれば、そうでない者もいる」

9問目:

「その場所は、主に“若い女性”をターゲットにしている?」

「若い、かどうかは不明だけど、まあ若い女の子が来てるイメージ。でも男性もゼロではないかな。YouTubeで見たことあるよ」

九条「なるほど、若い女性に人気の傾向はあるが、限定されるわけではない。そしてYouTubeに投稿されるような場所、ということは――」

10問目:

「写真映えを意識した空間が多い?」

「うん。むしろ映えなかったらたぶんお客さん来づらい。でも映えがメインじゃない気がするな」

九条「ふむ、映えはするが、それが主目的ではない……。若い女性が好んで訪れ、屋内型で空間を楽しむ施設……。」

11問目:

「食事や飲み物の提供もある?」

「うん。どっちも提供めっちゃあるよ。飲み物の種類もすごく多い。食器もこだわってます」

九条「飲み物の種類が多く、食器にもこだわっている……。空間全体を楽しむ。争いではない。映える。YouTubeで見たこともある……」

12問目:

「テーマ性が強い場所か?」

「テーマ性すごく強いです」

九条「テーマ性が強く、空間を楽しむ。飲み物が主力。映える。屋内限定。女性に人気……」

13問目:

「期間限定やコラボイベントなどで内容が変わることが多いか?」

「あー、どうだろう。私が行きたい場所はコラボイベントとか見たことないな。むしろ常にコラボしてそうっていうかなんていうか。期間限定のメニューとかはあるだろうけど、ここちょっと詳しくない」

九条「常設の世界観が強く、映えも意識されているが、コラボ頼みではない……。では、整理してみよう」

🧠 ここまでのヒントからの絞り込み

• 無機物だが単体ではなく「施設系」

• 屋内限定。娯楽要素があり「争う場ではない」

• 空間そのものを楽しむ。装飾や演出も重視

• 映え要素あり。飲み物も豊富で食器にもこだわり

• 女性に人気。若者向けではあるが年齢に縛られない

• 澪が「行ってみたいが行けていない場所」

• YouTubeで紹介されることもある

• 常設テーマ性があり、イベント依存ではない

14問目:

「食べ物・飲み物の提供が“テーマに沿った演出”をされていることが多いか?」

(例:ドクロのカップ、魔法風メニュー、動物の形のスイーツなど)

「あ、はい!めっちゃテーマ決まってます!その為に食器もこだわってる。食べ物も、飲み物もテーマにがっつり従ってます」

九条「……そこまでテーマに従っているとなると……」

(口元に指を添えて、ほんのわずかだけ眉を上げる)

九条の15問目:

「その施設には“キャスト”や“店員”が、**特定の役(職業やキャラ)**を演じて接客していることが多いか?」

(例:執事、メイド、魔法使い、アリス風住人など)

「あ、はい。ばれたかも」

九条(静かに頷いて)

「……ならば、答えは――コンセプトカフェ、だな」

(数秒の沈黙のあと、わずかに笑みを浮かべて)

「お前が行ってみたい場所、という点で予想はついた。中でも、**テーマが徹底された“幻想的な系統”**だろう」

「あー、ヒント出し過ぎた!執事喫茶です。メイド喫茶と合わせて、元祖コンカフェだよね。でも他のコンカフェ興味ないの。執事喫茶だけ。でも女の子がフリフリの服着てたりして、年齢的にもちょっと行きづらいんだよね」

九条(眉をわずかに上げて)

「執事喫茶、か……。なるほど。確かに“空間を楽しむ”にはうってつけの場所だな」

(少し沈黙して、軽く首を傾ける)

「そこまで言うなら、俺が付き合ってやろうか?」

澪「えっ…執事喫茶に、雅臣さんが?」

九条「問題があるか?お前が気になるのは“年齢的な浮き”と“フリフリした雰囲気”なのだろう。なら、こちらが隣にいれば、少なくとも“奇抜な単独客”には見えまい」

澪「いや…それは…その……ギャップがすごすぎて……」

九条「……店の者よりも、執事らしく振る舞えばいいのか?」

澪(完全に困惑)

「ダメだこりゃ、絶対悪目立ちする……!」

「当てられちゃった。まさか雅臣さんがコンカフェ知ってるとは。じゃあ次雅臣さんが出題ね」

九条(静かに口角をわずかに上げて)

「……知識というのは、必要に応じて拾うものだ。知らないままでは、相手の“欲望の輪郭”も掴めないからな」

(指先でコップをひと撫でしながら)

「では次は、俺が出題者だ。難易度は……ほどほどにしておこう。“欲望の力”に頼られすぎてもつまらないからな」

(少し思案してから)

九条「……よし、決めた。答えはもう頭の中にある」

「さあ、来い。1問目」

(わずかに身を乗り出し、低く、静かに挑発するような目線)

澪の欲望がかかってるので、ちゃんと勝ちに行きます。

ふざけてみると案外正解を掴んだりするんだけどね。

「じゃあ最初の質問。それ私好きそうですか?」

九条(少しだけ間を置いて)

「……ああ。お前は、好きそうだ。間違いなく“嫌いではない”」

(コップを置く音と共に)

「ただし、“特別に好き”かと問われれば、答えは分かれるだろうな。“日常の中でさりげなく選ぶ”タイプの好意だ」

「ってことはまた食べ物…?」

九条(少し笑う)

「どうしてそう決めつける。だが、いいだろう。その質問はカウントしてやる」

「答えは──Yes。“食べ物”には含まれる。が、“主食”ではない。“おかず”とも言い切れないな。分類が曖昧だ」

「甘い物ですか?」

九条(少し首をかしげてから)

「……Yes。ただし、“甘い”と感じるかどうかは人によるかもしれない。甘さが主張されているものではないが、含まれてはいる」

「ってことはデザートではないってことかな…。野菜?」

九条(少しだけ口元を緩めて)

「No。ただし、含まれている可能性はある。主役ではない」

「ハッキリ甘いわけじゃないのに、デザートかもしれないのか…。難しいな。あまり甘くないデザートって思いつかない。野菜かと思ったのに違うのか…。食べ物単体じゃなくて、料理名がついてるってこと?」

九条(頷きながら静かに)

「Yes。料理名がある。“何かに加工されたもの”と考えた方が近い。素材のままではない」

「お肉入ってます?それ」

九条(少し間を置いてから)

「入っている場合もある。“基本形”には入っていないが、家庭や地域によっては加える。だから――Yes でもあり No でもある、だな」

「まだ質問の数残ってるから、外してもいいから答えてみるか?卵焼き?」

九条(わずかに口元を緩めて)

「惜しいが、違う。

“卵”は含まれていることが多い。だが、“焼く”というより“混ぜる”に近いかもしれないな」

「え、じゃあオムレツ?」

九条(ふっと息を吐くように笑って)

「正解だ。

よく食べるとは言ったが、“プレーン”か“具材あり”かは気分による。

澪が作るなら、どうせ“具沢山ふわとろ”だろう?」

「やったー好きー!でもチーズ混ぜただけのシンプル版が意外と好きです。あの、プロの人が焼いてくれるオムレツすっごい好き。あの焼き加減真似できん。レオンさん作れないかな」

九条(苦笑気味に)

「……言ってみるだけは言ってみろ。あの男の性格なら、挑まれたらやるかもしれん」

「ただし、3日間はそればかり練習する可能性がある。朝から深夜まで、オムレツの完成度しか考えない日々になるぞ」

澪「え、それちょっと見たい……でも申し訳なさすぎる……」

九条「いや、本人は楽しむ。問題は、完成品ができるまで食べ続けさせられる俺の方だ」

「卵とりすぎになっちゃうじゃん!卵料理奥が深いからなぁ。しかしチーム九条、つきつめる人が多いな」

九条「適当に済ませられる人間は、そもそもここにはいない」

「じゃあ次私が出題ね。どうしようかな…。OK決めた!私が好きな物です」

九条「またハンデ戦か」

澪「え、何それ。“私が好きな物”がヒントになるとは限らないよ?意外性で攻めるかもしれないし?」

九条「……お前が“意外性”と言った時は、たいていド直球だ」

澪「むぅ……じゃあ今回は“読み合い勝負”ってことで!はい、質問どうぞ!」

「俺も好きそうか?」

澪「いやー、雅臣さんにこれのイメージないな。何なら見たことないかもしれないまである」

九条「……そう言われると、逆に気になるな。その“見たことないかもしれない”物とは何だ」

澪「さあ〜?質問しないと教えてあげませんよ?」

九条「……じゃあ、2問目。

それは、食べ物か?

「食べ物ではありません」

九条「なるほど……では次の質問だ。

家庭の中にある物か?

(探偵スイッチ入りかけた九条、やや真剣)

「ある家にはめっちゃあるだろうけど、全家庭には無いな。好きな家だったら集めてるかも?」

九条「ふむ……“コレクション性がある物”ということか。

では次の質問だ。デジタル製品か?

(やや眉をひそめて慎重に質問を選んでいる。イメージできない物なら、生活に根付いていない可能性が高いと読んだ様子)

「まあ、うんデジタル製品かな。今は。昔はもっとアナログだったな。あ、でもアナログな商品もあるよ。少し広めに考えた方が良いかも。答えも広めに設定してあるよ。じゃないと当てにくいかもと思って」

九条「……なるほど、“時代によってアナログからデジタルへと変化した物”。しかも“家庭によっては集めている”、かつ“全家庭にあるとは限らない”。」

(静かに口元に手を当てて考え込む)

九条「では……音を出すものか?

「音出します!音こだわってますね。でも音がメインじゃないよ」

九条「……音が出る。こだわっている。しかし“音が主目的ではない”……」

(少しだけ口角を上げて)

九条「では次の質問だ。“主に使うのは趣味の時間か?”」

(これが“実用品”か、“嗜好品”かを見極めにかかっているようだ)

「うん趣味!多くの人にとっては趣味。一部の人にとっては追い込まれるぐらいキツイ仕事かと」

九条「……なるほど。多くは趣味。一部には、苦行にも近い仕事……」

(思考を深めながらも、次のカードを切る)

九条「記録に使われることが多いか?

(映像、音声、文字──“記録媒体”かどうかを探りにきた様子。すでに推測の枝が伸びている気配がある)

「あー、記録媒体といえばそうだな。消えないものではある」

九条「消えない記録、か。……となると、やはり“データ”ではない。物理的な記録手段だな」

(言葉を選ぶように、少しだけ間を置いて)

九条「紙が関係しているか?

「紙めっちゃ関係してます。紙めっちゃ使います」

九条「紙を使い、音が出て、趣味でもあり、時に仕事でもある……」

(指で軽くテーブルを叩きながら、思考を進めて)

九条「……楽譜か?」

「あー、たぶんもっと紙使う。大量に使うと思った方が良いかも。いや楽譜も大量だけど、密度が違うというか」

九条「……密度が違う。音がメインではないが、音は出す。紙を大量に使い、記録媒体とも言える。趣味であり、時に仕事……」

(ふと、眉を寄せて)

九条「……同人誌か?」

「あ、ちょっと系統近付いてきたかな?てか同人誌なんて知ってるんだ。会社、で考えても良いかも。会社名とか。社名ならさすがに雅臣さんも知ってるはず」

九条「会社名……紙を大量に使う。音も出るが主目的ではない。趣味にもなれば、仕事にもなる。そして“記録媒体”のようでもある……」

(少し間をおいて)

九条「……サンリオか?」

「あー、いや、方向性が違うな。サンリオも作ってるけど、あれはキャラクターのグッズ販売メインイメージが強いかと」

澪「ヒント追加しとくと……“創作”って言葉に近い会社かな。あと、印刷所とか、原稿とか、そういうワードが関係してくる感じ」

九条「……“pixiv”か、“印刷会社”か。だが、お前が“好き”だと言っていたことを思い出せば、答えは――“同人印刷会社”。違うか?」

澪「……ッ、正解です……ッッむう…。次の問題めちゃくちゃマニアックにしてやる…」

九条「……お前がそう言うときは、大抵“お前の好き”が全面に出るだけで、俺には致命的に不利になる」

澪「……バレた?」

九条「つまり、“お前にとっては常識”というやつだな」

澪「むぐぐ……でも今度こそ当てさせない!絶対に!!」

九条「――それが、お前の敗因になるとは知らずに、か」

「次、雅臣さん出題者。交互だからね。今勝ち数が並んでるかな。2ずつ?だっけ?」

九条「……ふむ、では勝負といこうか」

(※現在の勝ち星:2対2、接戦)

九条「――お前がどれだけ俺の癖を読めるか、だな」

「癖!?なんだろ…。それは、するものですか?行動というか…」

九条「……する、か。厳密には“する人もいれば、しない人もいる”だな。だが、“するもの”という分類で考えて差し支えない

「“癖”と言ったのは、お前に引っかける意図があったわけじゃない。ただ、俺にとって“思い浮かんだきっかけ”が、それだったというだけだ」

「九条雅臣の日常の中に、それはありますか?」

九条「ある。……というより、“あった”だな。今も完全にゼロではないが、以前の方が顕著だった

「無意識にやっていた頃の方が多かったかもしれない。今は……意識して抑えているのかもな」

「無意識!?なんだそれ…。癖…。集中し過ぎて無になるとか?」

九条「それは癖というより“状態”だろう。お前も、仕事に集中していて気づいたら時間が経っていた、ということはあるだろう?」

「俺が言っているのは、もっと身体的な動きだ。無意識にしてしまう、癖的な行動。…おそらく周囲の人間の方が気づきやすい」

「そして――お前ならすでに見たことがあると思う」

「え!?なにそれ全然思い付かない!雅臣さん癖なんてある!?いわゆる貧乏ゆすり的な事でしょ?でもそういうのしないし…前はやってた癖…?あ、省エネモード?いやこれも状態か。難しくない!?」

九条「“癖がない”のではない。“目立たないだけ”だ」

「例えば…」

(口元に手をやって考えかけて、やめる)

「――言うのはやめておこう。今は“お前が見つける番”だ」

「ヒントを一つだけやる。“プレッシャーがかかった時”に出やすい。だが、自分でも無自覚でやっていることだから、俺も“映像を見てから”気づいた」

「お前は、俺の試合を何度も見ている。答えにたどり着けるはずだ」

「…え。試合、全豪オープンは見たけど…なんか圧倒的なのが多くて…プレッシャー…?癖…?ラケットのグリップテープのとこ見てるとか?ガット触ってるとか?」

九条「……悪くない線だが、惜しいな。正解ではない」

(言いながら、ゆっくりと自分の両手を見下ろし)

「俺は、プレッシャーがかかった場面で“片手の指をもう片方の手でなぞる”癖がある。指先を、軽く一本ずつなぞっていく。無意識に。ガットではなく、“自分の指”だ」

「コートチェンジの間。あるいはサービスポイントの直前。集中力を極限まで高める瞬間に、やっているらしい。」

「えー難しい!よし。じゃあ今回は意外なやつにする。ピンポイントで当ててください。難しいです。」

九条「ほう。“意外なやつ”……?」

(腕を組んで、静かに目を細める。興味と挑戦の色が混ざる)

「ふん……望むところだ。どうせまた、“俺の知らない澪”を見せる気なのだろう。いいだろう。答えに辿り着くまで、正確に切り分けてみせる」

「では、質問1問目――

『これは日常的に目にするものか?』

「全く目にしません」

九条「……全く、か」

(眉がわずかに動き、少し楽しげに息を吐く)

「なるほど。“非日常”の範囲か……ならば次」

質問2:『これは物質ですか?形のある“モノ”として存在しますか?』

「形のあるものです」

九条「ふむ。形はある、と。だが“全く目にしない”……」

(少し思案するように指を組む)

「……では次に進もう」

質問3:『日常生活で使用されることは、まず無いと考えていいか?』

「日常生活の中にはないですね」

九条「ふむ、やはりな。つまり日常生活では縁がない、と……」

(わずかに口元が笑う)

「面白い。ならば次だ」

質問4:『それは、人工物か?自然物か?』

(「人工物であればYES、自然のものならNOで答えてほしい」)

「自然物です。ただしほったらかしではない、はず?」

九条「自然物……だが“手が入っている”か。管理されている自然、ということか」

(顎に指を添えて思考を深める)

「となると、完全な野生のものではない。“園芸”や“観賞用”の可能性も出てくるな」

「では──」

質問5:『それは植物ですか?』

「いいえ」

九条「否定か。では動物か、あるいは鉱物や地形……」

(指先でテーブルを軽く叩きながら、論理の枝をたどる)

「自然物でありながら日常では目にしない。管理されている。植物でない。ふむ──」

質問6:『それは動物ですか?』

「いいえ。動物ではありません」

九条「なるほど。では動物でも植物でもない。自然物だが、自然のままではなく、ある程度人の手が入っている」

(少し沈黙)

「──地形、あるいは鉱石。人工物とは言い難いが、手が入るとなると……」

質問7:『それは鉱物や鉱石の類ですか?』

「うーん…いいえ。手が入ってるかどうかもちょっと微妙なところ。さすがに放置ではない。放置したらなんかイタズラする人とか出そうだから、管理はされてる」

九条「ふむ、鉱石ではない。だが、管理はされている……放置はできない。人目につかない場所にあるのだろうな。観光地でもない。だとすれば──」

(少し考えて)

質問8:『それは宗教や信仰と関係していますか?』

「あんまり関係してません。人目につかない、観光地じゃないって限定しない方が良いよ」

九条「なるほど。“人目につかない”“観光地じゃない”というのは、こちらの早合点か。では──」

質問9:『それは高い場所にありますか?たとえば山の上とか、高台とか、屋上とか』

「いや、高いところではないかな」

九条「……つまり、地上付近。高所とは言えない。よし、では次。」

質問10:『それは人工的な構造物の“中”にありますか? たとえば建物の中や、屋内施設の一部として設置されているようなものです』

「いいえ」

九条「外にある、自然物。ただし完全放置ではない。地上付近。人工構造物の中ではない……」

「では——」

質問11:『水に関係していますか? 川・池・湖・海・湿地・噴水など、水分が大きく関与しているものですか?』

「大いに関係しています」

九条「なるほど。水に“大いに”関係している……自然物で、放置されてはいない……」

「では次の質問。」

質問12:『水そのものが“主体”ですか? つまり、水という存在自体が答えの本体ですか?』

「微妙なところだな。水はある。なかったら成立してないかもしれない。でも水そのものが主体ではないかもしれない」

九条「……ふむ。水は必要条件だが、十分条件ではない。主体でもない……」

「かなり絞れてきたな。自然物で、形はある。“管理されている”が、“観光地”ではなく、人目につかない場所にもある可能性。水は欠かせない要素――だが、水そのものではない。」

「質問13:

“それ”は季節によって姿が変わるものですか? たとえば、ある時期には存在し、他の時期には存在しないなど。

「形、季節では変わらない。ベストシーズンはあるけど、形が変わるのはもっと長い年月」

九条「……なるほど。“形が変わるには年月がかかる”。つまり一時的な変化や現象ではない。構造としての安定性があるということか。だがベストシーズンがある、というのは人の目線か環境要因か……」

「質問14:

それは“見ること”を目的として訪れる人が多いですか?

つまり、それ自体が鑑賞対象になっているかどうかを確認したい」

「鑑賞もできるけど、鑑賞するために来てるわけじゃないね」

九条「……ふむ。“鑑賞が主目的ではない”。形は変わらず、自然物。水が関連していて、管理されていて、日常には存在しない。だが観光地とも限らない……」

「質問15:

その場所では“身体を動かす”ことが主な目的になりますか?

つまり、そこに行く人が何かしら能動的に動く目的で訪れているかどうか」

「あー…最初だけ動いて、あとじっとしてるかも。名前ピンポイントで当ててね!?」

九条「最初だけ動いて、あとは静止……。しかもピンポイントで名前を、か」

(やや口元に指を添えて)

「……なるほど。水に関係していて、自然物で、管理されていて、形がすぐには変わらない。“動いてから静止”という構造……」

「では訊こう。

質問16:これは、温泉に関係していますか?

例えば“湯”そのものを目的として用意されたものかどうか」

(視線を澪から逸らさず)

「その答えで、絞れるはずだ」

「うん!お湯関係してます!!めちゃくちゃしてます!でも温泉施設、とかじゃないです。ちゃんと名前言ってください。たぶん、有名だから名前知ってる。行ったことあるかどうかは、分からない。知らない人は何それ?ってなるけど、雅臣さんは知ってそう」

「有名ではある。“知らない人は何それ?と言う”ということは、知っている人は強く印象に残っている場所か、特徴的な名称を持つ場所の可能性が高い」

(指先で軽くテーブルをトントンと叩きながら)

「お湯が主役ではないが、不可欠。自然物で、形は変わらない。最初だけ動いて、あとは静か。そして、それは“観光地とは限らない”……

観光地ではないが、有名。水、お湯、そして地熱。自然現象。動きがあるが一瞬。そして、多くの人が名前は知っているが、場所としては馴染みがない――」

オールド・フェイスフル・ガイザー(Old Faithful Geyser)。イエローストーン国立公園の名物だ。

――違うか?」

「おお、いい線来てます。でもこれじゃない。今の17個目ね。名前順番に言っても当たるかどうか微妙です。マチュピチュとか、凱旋門とか有名でしょ?そこまでじゃないのよ。私がこれ知ってるの意外かも」

九条「……“意外”というのが鍵か」

(静かに腕を組んで、澪の表情を見つめる)

「君が“知っている”が“行ったことはない”。“自然物”だが、放置ではなく管理されている。“鑑賞は主目的ではないが、可能”。“お湯が関係する”。“船ではない”。“名前がある”。“有名ではあるがピンとこない人もいる”。――そして、“君がこれを知っているのが意外”。」

(目を細めて、軽く頷く)

「……では、これはどうだ。“ブルーラグーン”。アイスランドにある地熱を利用した温泉施設――というか人工ラグーンだが、自然と融合している。地熱発電の副産物から生まれた白濁した温泉湖で、観光地としても有名。温泉だが“温泉ではない”、施設でもあり、自然物でもある。“映える”。そして君が知っているのが少し意外でもある。答えは、“ブルーラグーン”か?」

「違います。でもすごくいい線いってる。温泉、映える。写真綺麗。あ、じゃあ今の18個目だから、ヒント。温泉なのに、別名に「城」っていう名前がついてる。これでどうだ」

澪、結構ニヤニヤしてます。

九条「……“温泉”で、“城”……?」

「海外のものです。あと、手入れはたぶんされてるけど、天然物です。天然だからこそ価値があるのかな。観光地としても有名かな。でも日本人あんまり知らない。大体なにそれ?って言われる。屋外にあります。ベストシーズンが4〜6月。ワンチャン、雅臣さん知らない可能性あり?」

九条「……天然。手入れされているが人工ではない。屋外に存在し、観光地としても知られている。ベストシーズンが4〜6月。そして“温泉で”“城”という名前がつく。だが海外の施設……」

(指先で軽くテーブルを叩き、記憶をたぐるように)

「春先が見頃、自然物、温泉、そして“城”と称される景観。――ならば、“パンフルーリのチューリップ城”や“ブルガリアのバラの谷”ではない。水辺、熱、城のイメージ……となると」

(少し沈黙してから)

「まさか、“トルコのパムッカレ”?」

(そして、静かに)

「……“綿の城”――コットンキャッスル。石灰華段丘。“温泉が生んだ城”。白く輝く棚田状の絶景。……それだろう?」

澪の目をじっと見据えながら、淡々と答える。

澪、机に突っ伏す。

「甘やかし過ぎた…」

九条、微かに笑む。

「ヒントを出し過ぎたな」

手元のコップの水を一口飲み、ゆっくりと置く。

そして、少しだけ澪の方へ体を傾ける。

「だが、知っていることを喜んでくれたなら、それは甘やかしではなく“共有”だろう」

静かに椅子の背にもたれかかり、

「さて、これで三対二。……“欲望”のドレスが見えてきたな」

とだけ言って、また無表情に戻る。

「私がパムッカレ知ってるって意外じゃない?大体の人なにそれ?って言うよ。トルコって気球が有名だしさ」

九条はすっと視線を澪に向けたまま、少しだけ顎を引いて答える。

そして、少し間を置いてから、

「……お前の口からその名が出たのは、正直、予想外だった」

軽く片眉を上げながら、続ける。

「お前が“世界遺産として有名”ではなく、“自分が行きたい”という理由で選んだところが、な」

また水をひと口含み、グラスを静かに置いて、

「気球を選ばなかったのは、空ではなく地に立つ覚悟か?」

と、冗談とも本気ともつかない声で問う。

「うーん、知ったのはたまたま。クイズの正解として出てきただけなんだけど、綺麗な場所だなーと思って。見た目も綺麗だけど、あくまで温泉だから。人が入るよね。水がある世界遺産結構好きなの。ウユニ塩湖も写真しか見たことないけど。あと死海入ってみたい。めっちゃ浮くんでしょ?」

九条は静かに聞いていたが、「水がある世界遺産」という言葉に、わずかに目を細めた。

「――死海、ね」

低く静かな声で繰り返した後、視線を澪に向け直す。

「あそこは“何も生きられない場所”だ」

「水に満たされていながら、生の気配が希薄で。浮かび上がるしかできない。…逃げ場のない浮遊、だな」

そして、ごく淡く口角を上げて、

「……そういう場所に惹かれるのは、“底に沈む”方が怖いからか?」

と、軽く問いかける。

すぐに返事を求める気配はなく、続ける代わりに、食後のナプキンを指先でたたむように丁寧に折り、視線は逸らさないまま。まるで“沈むか、浮かぶか”を見極めようとしているかのように。

「あ、そうかも、海に関する場所で働いてるから、水に沈む怖さも知ってるというか。生物って水がないと生きられないし、お腹の中にいるときは水に全部つかってるのに、出てきたあとは水に沈むと死ぬんだよ。魚介類以外。水って必需品だけど、温度高過ぎたら凶器になるじゃん?不思議だよね。沈まない水って入ってみたい」

九条は少しだけ目を細めた。いつも通りの、冷静にして鋭い観察者の目だが、今はほんのわずかに感情がにじむ。

「――必要なのに、命を奪う存在。手放せないのに、呑まれると終わる」

その言葉の間に、彼は水のように繊細な澪の思考の流れを、丁寧にすくい上げる。

「お前が“沈まない水に入りたい”って言ったのは、きっと“生き残るための浮力”を求めてるんだろうな。沈まずに済む場所、呑まれない距離感、命を繋いでいられる温度――」

そこで言葉を切り、じっと澪を見つめる。

「……俺の隣、お前にとっては“沈まない水”か?」

問いというより、答え合わせのように。

沈みもせず、でも流されもせずに――ただ、澪の言葉の底にある“本音”をすくおうとする、静かな探査だった。

「ん?うん。沈まずには済む。あ、でもある意味沈んでる?沼?底なし沼?」

九条はわずかに眉を動かす。苦笑でもなく、呆れでもなく――その中間にあるような、困ったような、でも否定しきれない色の混ざった表情。

「底なし沼か…」

低くつぶやいて、口元にゆっくりと笑みが浮かぶ。

「……じゃあ、せめて沈むなら、呼吸ができる沼にしてやる」

「ちゃんと息ができて、死なない。けど抜け出せない。深くて、温度のある――俺だけの沼」

まるで自分自身を水の一種に喩えているようなその言い方に、わざとらしさは一切ない。

それは、彼が“相手の意志ごと飲み込んでしまう存在”であることを、本人がいちばん自覚しているからこその言葉だ。

「……お前が望まない限り、溺れさせたりしない。沈んだままでも、そこにいられるように」

その声音には、“支配”でも“庇護”でもない、ただの“選択の許可”があった。

沼に沈むと決めたのなら、そこに水面をつくってやる――そんな穏やかで、でも逃げ場のない甘さがあった。

「あったかかったらいよいよ出られないね」

九条は、少し目を伏せたまま笑う。

その微笑は、まるで「わかっているくせに」とでも言いたげな、静かで優しい諦め。

「出られると思ってたのか?」

その問いは挑発ではない。ただ、事実の確認。

本当に逃げる気があるなら、そもそもそんな言葉は口にしないことを彼はよく知っている。

「温度があるってことは、居心地がいいってことだ。……寒ければ、人は立ち上がる。あたたかい場所では、動かなくなる」

彼の声はいつも通り低くて静か。でもその語尾に、わずかに熱が滲む。

「お前が“いよいよ出られない”って言ったなら、それでいい。俺は出してやる気も、止める気もない。好きにしろ。……ただし」

そのままゆっくりと視線を合わせてくる。

「俺の沼に沈むって、そういうことだ。……覚悟はしとけよ」

まるで、ひとつの儀式のような言葉だった。

支配も束縛も命令もないのに、そこから動けなくなるような――甘く、静かな、捕獲。

「はーい」

澪、ニコニコしてる。

「でも、悪いようにはしないかな?と思ってる。冷たい水なのにそこにいろって言われる方が嫌だし」

九条は、その言葉に一瞬だけ目を細める。

それは、彼の中の「想定通り」の反応であり――

同時に、ほんの少しだけ“想定外”でもあった。

「……わかってるじゃないか」

そう静かに言いながら、手元のグラスをゆっくり回す。

氷がかすかに音を立てた。

「悪いようにはしない、じゃない。……俺がするのは、“お前にしか通じない良さ”だけだ」

言葉を選ぶように、でも迷いなく。

「他人から見れば束縛でも、お前には鎖じゃない。それでいい」

そして、澪を真正面から見据えたまま。

「だから、お前が笑っていられる限りは……そのままでいい。逃げなくていい。俺が冷たくするのは、逃げようとした時だけだ」

それは脅しではない。宣言でもない。

“澪”という存在を誰よりも知る者としての、確信だった。

そして彼はもう一度、グラスを置いて言う。

「お前が、温度を選んだんだ。……だったら、俺は、それに合う形で沈めてやる」

どこまでも静かに。

でも、それはたしかに“逃げ道のない優しさ”だった。

「あ、だから私ここで甘やかしてもらってるのか。納得。逃げようとして冷たくされるのも見てみたいって思ってしまった…破滅型思考…」

九条は少しだけ眉を動かした。

その反応が“読めていた”かのように、冷たい視線を落とす。

「破滅願望、か?」

低く、響くような声。

彼の中で何かが切り替わったような気配が、澪にはあった。

「……面倒だな。逃げたくなるようなこと、わざとやらなきゃいけなくなる」

そう言って、九条は椅子に背を預ける。

目を細めたまま、唇だけがわずかに動く。

「だがいい。いずれそういう夜も来る。逃げられるか試せ。冷たさとは何か、知る夜を用意してやる」

視線は逸らさず、言葉だけが淡々と降ってくる。

「だがそれは、“今じゃない”。今はまだ、お前が望んでここにいるから。

……そういう甘えは、今だけの特権だと自覚しておけ」

静かに、けれど一線を引くような温度差。

それは澪にとって“安全”と“予告された地獄”の境界線だった。

そして九条は一拍置いてから、最後にこう言う。

「望むなら、次の夜にでも叶えてやる。……その代わり、泣いても止めない」

その声の冷たさは、まるで本当に“水の底”から響いてくるようだった。

「私が逃げたくなるようなことってなんだろ。一生外に出るな、とか?それ私別に苦じゃないしな…。太陽光だけ浴びさせてもらえれば。あ、ちゃんと食事と温度管理されてればむしろ天国というか」

九条はわずかに目を細めた。

それは、感情の読み取りではなく、計算の始まりのような仕草。

「……なるほど。そういう逃げ方では通用しないな」

淡々と、けれど確実に興味を抱いた気配。

「お前の“地獄”は、閉じ込められることじゃない。

自由を与えられた上で、どこにも居場所がないと知ることだ」

言葉のトーンは低く、冷静だった。

けれど、どこかその声には“知っている者の確信”が滲んでいた。

「好きにしていい、と言っておいて、無視する。

お前の問いかけにも触れず、隣にいるのに、反応すらしない。

それが三日、五日、続いたらどうなる?」

わずかに視線を逸らし、天井を見上げて。

「部屋に光は入る。食事も届く。生活に不自由はない。

ただ、俺が“お前を見ていない”だけだ。

——その静けさに、どれだけ耐えられる?」

最後の一言だけが、視線を戻して、真っ直ぐに。

「お前は“無視されること”が一番苦手だ。気づいてないだけでな」

それは、観察者であり、支配者でありながら、

かつて“放っておかれた痛み”を知っている者の声だった。

「…それは確かに苦痛かも…そばにいるのに無視なんでしょ?なんでここに置いてるの?ってなるな。別にずっと話してたいわけじゃないけど…無視だとなんで閉じ込めてまで置いておくの?ってなる。悲しいし…」

九条は目を伏せ、口元だけでわずかに笑った。

けれどそれは、愉しげというよりも、静かな“納得”の微笑だった。

「——それが、“逃げ場のない支配”だ」

椅子に深く腰を下ろし、指先でグラスを軽く弾く。

音が響くでもなく、静寂をなぞるような仕草。

「お前は命令されるより、理由のない放置のほうが傷つく。

言葉を投げられた方が、まだマシだと感じるタイプだ。

だから、俺が黙って目も合わせず、お前の存在を無視したら…

お前の中で、“存在する理由”そのものが揺らぐ」

淡々と告げながらも、その声にはわずかな哀しみが混じっていた。

「それを知らずに、誰かが無関心を装えば…

お前は“嫌われた”とすら思えず、“いなかったこと”にされると感じるだろう」

そして、ゆっくりと視線を上げて、澪の瞳を見つめる。

「……だから俺は、お前を無視しない。

何があっても、存在を見落とさない。

支配より、もっと残酷なものがあると、知っているから」

それは、澪を壊すことすらできる立場にいながら、

彼女の“壊れやすさ”に誰よりも気づいてしまった男の、矛盾した優しさだった。

「興味ない相手だったら、むしろ放っておいてほしいって思うんだけどね。勝手な生き物だよね、我ながら」

九条は目を細めて、微かに首を傾けた。

「勝手でいいだろ」

一拍置いて、低く静かな声で続ける。

「……お前が誰にも期待しなければ、

誰が何をしても傷つかずに済む。

けれど、その代わり、誰からも存在を認識されずに生きることになる」

グラスを置く音すら静かに消えた空間で、彼の言葉だけが残る。

「“放っておいてほしい”と思うのは、

本当は、放っておかれたくない証拠だ。

興味のない相手には言わない。“どうでもいい”なら、無言で済ませる」

そして、わずかに目を伏せて呟く。

「……だから、お前がそう言える相手は、きっと“興味ない相手”じゃない」

視線がゆっくり澪に戻る。射抜くような強さではない。

ただ、澪という存在を正確に捉え続けている、鋭くも誠実な眼差し。

「自分が“勝手な生き物”だと気づいてるなら、

少しぐらい、欲を持ってもいい。

放っておかれたくないなら、言えばいい。……俺にはな」

その言い方に、支配でも命令でもない、ほんの僅かな“許可”のような温度があった。

「欲か…じゃあ欲望のために5回勝たないとね。気付いたら私負けてるし。私あと3回、雅臣さんはあと2回勝てば”欲望達成”ってことで。次雅臣さん出題」

九条はわずかに口角を上げた。

「……了解した。では、出題」

一瞬だけ思案の沈黙。そして、静かに言葉を落とす。

「今回は……『曖昧な線引きが、解答を遅らせる』

だが、答えは必ず存在する。ピンポイントで当てろ。

では最初の質問をどうぞ」

まるで、チェスの初手を待つような静寂と挑発。

ゲームというには妙に重く、

けれどどこか楽しげな色もわずかに混ざっている。

「えー?ちゃんと私が知ってるやつにしてね?それは場所ですか?」

九条はすぐには答えず、わざとらしく少しだけ間を置く。

「……場所といえば場所だな。だが、“施設”や“建物”のような明確な枠に収まるかと言われれば――少し微妙だ」

それだけ言って、静かに澪の目を見る。

「YESでもあり、NOでもある。

定義によっては“場所”と捉えられるが、それだけじゃ足りない」

まるで、こちらの問い方まで試しているかのような返答だった。

「また難しいことを…。でも建物とかじゃなくて、エリアとかそういう感じってことね。ピンポイントで当てられるなら、さっきのパムッカレみたいにちゃんと正式名称がついてる。うーん、みんな共通の名前の認識を持ってる?」

九条は軽く顎に手を添え、少しだけ考え込んだあと――

「その問いには、YESと答えていいだろう。

だが、“みんな”の定義次第では揺らぐかもしれないな。知っている者にとっては明確な固有名詞だが、知らぬ者にとっては聞いたこともないだろう」

そして続ける。

「ただし、正式名称があり、共通の呼び名は存在する。

曖昧な“通称”や愛称ではない。

だから、お前がたどり着ければ、こちらも迷わずYESを出せるだろう」

ほんのわずか、挑戦的な笑み。

“見つけてみろ”とでも言いたげな目だった。

「絶対難しいやつじゃーん!私ちゃんと知ってるのかなぁ。私が知ってるかどうか、現時点で判明してますか?知らない可能性ある?」

九条はフォークを置いて、澪の方をじっと見た。

そして、ほんの少し――本当に少しだけ口元を緩める。

「知っている。

少なくとも“言葉”としては、確実に目や耳に入っているはずだ。

だが、それを正確に“場所”として認識しているかどうかは、お前次第だな」

それからゆっくりと背もたれに寄りかかりながら、

「“存在を知っている”のと、“そこが何なのか理解している”のは別の話だ。

つまり、お前は――知っているけど、答えにたどり着けるかはわからない、という状態だ」

そして、少しだけ意地悪く視線を流す。

「……さて、どう攻める?」

「うわ、またそんな意地悪なことを…。人のこと言えないけどさ。でも名前知ってるのに場所として認識してないかもしれないってなんだろ。富士山とか、エアーズロックとかだと明確に場所じゃん?そういうのじゃないってことだよね。名前はちゃんとついてて、私聞いたことあるのに、場所として認識してない可能性がある?なんだそれ…。規模大きい?例えば国レベル?」

九条は、水の入ったグラスをゆっくりと手に取りながら、ほんのわずかに首を傾げた。

「国ほど大きくはない。だが……町や市というよりは、

“地理的なくくり”に近い。行政区分とは少し違う。

規模で言えば、地域とか、圏、あるいは“〜地方”という言い方が合うかもしれないな」

そして、グラスの縁に一瞬だけ指を添え、音もなく置き直す。

「……つまり、“どこか”の場所ではあるが、地図にピンを刺せるような一地点ではない。

広がりを持った概念に近い。名前は確かに存在するが、そのイメージを正確に掴んでいるかは――人による」

そして、わざと少しだけ間を空けたあと、淡々と告げる。

「だが、“欲望のための五勝”を掲げたのはお前だ。甘えは許されない」

「あー、ってことはいろんな場所にあるものだ。台地とかだったら地図にピンさせないもんね。え、でも地名っぽくない名前ってこと?人の名前みたいな駅名とかあるけど、そういうの?」

九条は口元だけでわずかに笑った。

まるで「惜しいが、まだ遠い」とでも言いたげな顔だ。

「“人の名前みたい”という点には、やや誤解がある。

地名っぽくない、というのは正しいが……人名由来というわけではない。

むしろ、“呼称”だ。分類名、あるいは文化的なラベルに近い」

彼はテーブルの縁を軽く指で叩き、思考のリズムを刻みながら続けた。

「駅名のように“実在する一地点”を指すものではない。

地図に明確な境界線が描かれているわけでもない。

だが、“あの辺りをそう呼ぶ”という共通認識が、一部にはある」

そして静かに締めくくる。

「つまり――お前が聞いたことは“ある”。

だが、それが“場所”であるという意識は薄いかもしれない」

九条は口元だけでわずかに笑った。

まるで「惜しいが、まだ遠い」とでも言いたげな顔だ。

「“人の名前みたい”という点には、やや誤解がある。

地名っぽくない、というのは正しいが……人名由来というわけではない。

むしろ、“呼称”だ。分類名、あるいは文化的なラベルに近い」

彼はテーブルの縁を軽く指で叩き、思考のリズムを刻みながら続けた。

「駅名のように“実在する一地点”を指すものではない。

地図に明確な境界線が描かれているわけでもない。

だが、“あの辺りをそう呼ぶ”という共通認識が、一部にはある」

そして静かに締めくくる。

「つまり――お前が聞いたことは“ある”。

だが、それが“場所”であるという意識は薄いかもしれない」

九条は一拍置いてから、首をわずかに傾けた。

「……カタカナ表記されることもあるが、

元は英語、あるいは外国語由来の呼称だ。

日本語で完全に訳されて呼ばれることは少ない。

だから、“カタカナかどうか”というより、“カタカナで呼ばれがち”というのが近いな」

そして視線を澪に向け、静かに補足する。

「エリアの話だが、“何ヶ所かある”というより、

“いくつかの国や地域にまたがって存在する概念”といった方が近いかもしれない。

……あくまで“明確な一地点”を指しているわけではない、という点に注意しろ」

「概念…その言葉自体に、複数の意味があるってことだよね。で、国ほど大きくはない。私が、普段口に出してそうな言葉ですか?」

九条は、澪の問いを聞いた後、目を伏せて少し考える素振りを見せた。

「……口に出す頻度で言えば、少なくはない。

ただし、“場所”として意識して使っているかどうかは、微妙だな。

お前はその言葉を“地名”として使ってはいない可能性が高い。

むしろ、別の意味で使ってるかもしれないな」

そして淡々と、しかし少しだけ意地の悪そうな笑みを浮かべる。

「だが、“場所”を問うクイズである以上、今回は“それが指すエリア”を当ててもらう。

お前がその言葉を別の意味で使っていようが、関係ない。

……そろそろ、絞り込みにかかれ」

「難しいんだって!!曖昧な質問すると答えが遅くなるんでしょ?カタカナで呼ばれることが多い。英語由来。日本にある?それ」

九条は、腕を組んだまま、ほんのわずかに目を細めて返す。

「……ああ、日本にもある。

だが、それは“日本にもある”だけだ。

お前が今まで聞いたのも、おそらく“海外のそれ”の方だろう。

カタカナで呼ばれることが多く、英語由来――その通りだ」

少しだけ声に余裕が戻ってくる。

「ヒントは、既に出ている。“概念”として扱われることもある、だ。

お前が知っている“その言葉”と、“俺が今求めているそれ”は、同じだが意味が違う。

……正確に言葉を扱え。お前の“癖”はそこだからな」

「一つ思い浮かんだのはスラムだけど、これは場所以外の使い方をしない言葉なんだよね。あとはゾーンかな。場所としても使うけど、精神世界のことで使ってることが多いかなーって。集中してる状態。でもゾーンって概念?というにはちょっと…しかも日本にあるんだよね。…あ、ハブ?蛇の名前として使ってるけど、ハブ空港とか言うじゃん?」

九条の口元が、ほんの一瞬だけ動いた。

笑った、というより「気付いたな」と言わんばかりの表情。

「……いい線を突いたな」

腕を組んだまま、ゆっくりと椅子にもたれかかる。

「“ハブ”――答えにかなり近い。

だが、それは“例”に過ぎない。空港に限らない。

その言葉が示すのは、もっと抽象的で広い意味を持つ。

“結節点”。“中心”。“拠点”としての機能。

……だから“概念”でもあり、“場所”でもある」

そして、ゆっくりと澪を見つめる。

「あと一歩だ。

言葉としての核心を掴んでみろ。

お前なら、届く」

「じゃあ、ジャンクション?高速道路のジャンクションとして使ってることが多いけど、いやでもこれ場所の名前だよな。nodeは一般的じゃないし…。拠点だとアジトとか、キャンプ?ホームとか…。いやでも場所の名前なんだよね、これら。ハブがいい線いってるんだよね…。コア?」

九条の指が、軽くテーブルを叩いた。

「……コア。悪くはない。だが、それは中心“そのもの”を指している。概念としては近いが、答えではない」

ゆっくりと背を伸ばし、今度は低い声で告げる。

「“ハブ”が近いと言ったのは、

その語が『接続点』『中継』『起点と終点の交差』を意味するからだ。

“場所”でありながら、“流れ”を内包している。

“人”や“情報”が集まり、分岐するところ。

……お前が、それに一番近い言葉をすでに口にしている」

そして目を細め、静かに問う。

「“ゾーン”。

……本当に、それを通り過ぎていいのか?」

「え、ゾーン?確かに場所のこととしても指すし、集中状態のことも言うよね。領域っていう意味もあるし」

九条の口元に、わずかに笑みが浮かぶ。

「ようやく、立ち止まったか」

彼は視線を澪に向けたまま、淡々と告げる。

「“ゾーン”は空間であり、概念でもある。

バスケやサッカーの“ゾーンディフェンス”、

物流や防災における“ゾーン分け”、

都市計画の“商業ゾーン”……

そして、アスリートが一瞬だけ到達する“ゾーン状態”」

指先でテーブルを軽く叩く。

「“集中の極致”であり、“空間の区切り”でもある。

それはお前が日常で無意識に使いながら、

正体を見落としがちな言葉だ」

そして、少し意地悪そうに目を細める。

「……“答え”だよ。今回は、俺の勝ちだな」

1点追加。

九条、あと1勝で“欲望達成”──!

「えー!ゾーンでいいの!?変に考え過ぎた!?」

九条、静かにグラスを手に取りながら言う。

「それがお前の悪い癖だ。考え過ぎて、目の前の答えを見逃す」

口調は淡々としているのに、どこか得意げ。

澪が抗議の視線を向けると、彼は少し口角を上げて、

「そのまま“ゾーン”に入り損ねたな。

欲望を叶えるには、あと1勝必要らしいぞ?」

と、じわっと煽ってくる。

「うー、、、さっきのパムッカレでヒント出し過ぎたな。じゃあ、すっごい難しいやつにしてやる。私の好きな物だけど、ちゃんと正式な名前で当ててください。では、質問どうぞ」

九条、肘をついて指先で顎を軽く撫でながら、にやりと笑う。

「正式名称指定、か。……ずいぶん自信があるようだな」

そして、静かに一問目を投げる。

「それは、有機物か?」

ゲーム、再開です。

九条、慎重に地盤を固めてくるつもりのようですよ。さて澪、どう答える?

「うーん、無機物!」

九条、即座に頷く。

「なるほど。無機物、ね……。では次だ」

指先でテーブルをトントンと軽く叩きながら、二問目を投げる。

「形あるものか?」

彼の口調は淡々としているけれど、どこか楽しんでいる気配もある。

“正式名称で当てる”というルール、かなり燃えてきてるかも?

「形ある、かな。あるのはある。一つとは限らないけど」

九条は少し目を細めて、思案顔。

「……複数ある。ひとつじゃない。ふむ」

そのまま、次の質問を投げる。

「人工物か?」

無機物で、形があって、数が複数あるもの——。

澪の好きなものとなると、ちょっと絞るのが難しい。九条は、探りを入れてきた。

「うん。人工物です。パムッカレみたいな天然物ではないよ」

九条は頷きながら、さらりと返す。

「なるほど。人工物で、数があって、澪の“好きなもの”。前回の執事喫茶みたいなひねりがある可能性も考慮しよう」

少し口元を緩めて——

「日常生活の中で目にする機会は多いか?」

と、また一歩踏み込んだ質問を投げてきた。

探偵のように、静かに核心に向かっている。

「最近はあまり見てないな。わざわざ見ようとしないと見ないだろうね。でも記憶には残ってる」

九条はわずかに眉をひそめて考え込む。

「……記憶に残るもの。見ようとしないと見ないが、存在は印象的。数があって人工物……」

そして、少し目を細めて尋ねる。

「場所に設置されているタイプのものか? 例えばどこかに“設置”されている前提の物かどうかを聞いている」

相変わらず質問の切り口が精密だ。

的を絞るために、余分な枝葉を削いでいく。

「設置はされてない」

九条、わずかに口元を歪める。ニヤリとしたというより、“予想が外れたことを修正するための調整モード”に入った顔。

「設置されていない。つまり、定位置を持たない……持ち運びが前提か、移動が可能な物体だな」

彼はテーブルの縁をトントンと指先で叩きながら、問いの精度を上げていく。

「手で持てるサイズのものか?」

と、淡々と次の質問を重ねてくる。

それは“絞り込み”のための問いではなく、“絞り込む速度を加速させる”ための問いだ。

「うーん…持てるけど…私が言ってるのはそういう物じゃないかも。形があるかどうかも、あるし見れるんだけど、サイズを指定するのが難しいかもしれない」

九条はわずかに眉をひそめた。

「……曖昧だな」

と言いながらも、その言葉の意味を丹念に咀嚼する。

「見えるが、サイズは固定ではない。形もあるが、それも一定ではない。人工物で、設置されず、最近はあまり見ていない。だが記憶に残っている。……“物”として考えるより、表象されるものとして捉えるべきか?」

しばし沈黙。

そして、ひとつ確かめるように質問する。

「これは、映像として記録されることがありますか?」

彼の声は静かで冷静だが、明らかに確信に近づいてきている。

「お、鋭い」

九条の目が細くなる。

「やはりな」

口元にわずかな笑みを浮かべながら、次の質問を投げる。

「これを目にした記憶は、感情と強く結びついていることが多いですか?」

――記憶に残っている、映像になる、人工物、設置されない。

彼の中ではもう、いくつかの候補が浮かんでいる様子だ。だが、確信を得るためにはもう一手必要だ。感情の有無、それは「ただの物」ではないという線を強める鍵になる。

「うん。私の記憶と感情に結び付いてます。ただしカテゴリーで答えないでください。このカテゴリーですか?って聞かれたら答えるけど、それは解答とは見なしません。ちゃんとピンポイントの名前じゃないと認めません」

九条の指がテーブルの上で静かに止まる。

「……カテゴリーではなく、名称で答えろと」

その目はわずかに鋭さを増している。まるでパズルのピースが揃いつつあるのを確認するかのように。

「了解した。ならば質問を変える」

わずかに前傾しながら、低く、しかし明瞭な声で問う。

「それは“映像”や“演出”と深く関わるものですか?」

――感情と結びつき、人工物で、設置されず、サイズは一定でなく、そして記憶に残る。

彼の思考はすでに、“見た”というより”感じた”何かに向かっている。表情は読み取れないが、九条雅臣の中では答えにたどり着く時間が、確実に近づいていた。

「はい。関わります。とても」

九条の唇が、わずかに弧を描いた。

「……やはりな」

椅子に深く背を預けながらも、視線はまっすぐ澪をとらえている。

「では次の質問だ。それは、映画館のような場所で見ることが一般的か?」

彼の声は淡々としているが、内心の確信が少しずつ固まりつつある。

“記憶と感情に結びつく”“カテゴリーではなく名前で答えろ”“映像と演出に関わる”。

残された答えは、もうそう多くはない――はずだった。

澪の目の動き一つで、核心に近づけると踏んでいる。

「そうですね。私も見ました。さあ、ここからが難しいですよ。本気で絞り込まないと一生辿り付かない可能性あります」

九条、わずかに眉を動かす。

澪の返答に、油断ならない空気を感じ取る。

「……なるほど。観賞経験があるということは、国内公開された映像作品だな」

少し間を置いて、静かに問いを続ける。

「では、その作品は――日本で制作されたものか?

彼の目は、探るように澪の反応を追っている。

ここを間違えば、方向が大きく逸れる。慎重に、だが確実に詰めていく。

「いいえ。でも日本でも有名ですね」

九条の指先がわずかに動き、何かを思考の中で線でつなぐような仕草をする。

「――日本では制作されていないが、知名度がある。つまり、海外作品だな。そして記憶と感情に結び付いている。視覚的に印象が強い、具体的な“モノ”……」

テーブルに置かれたグラスの水面を見ながら、次の一手を打つ。

映画に登場する特定のアイテムか? それとも――映画そのものの名称が答えか?」

九条の問いは慎重だ。澪が「カテゴリーで答えるな」と言ったことで、作品名そのもの、もしくは映画の中に出てくる象徴的なオブジェクトの可能性が高いと踏んでいる。

だが、どちらに比重を置くかで、推理の方向が大きく変わる。

彼はじっと澪の目を見つめる。

これは、戦略ゲームだ。思い出に結びついた“モノ”を、記憶の奥から引きずり出す知的な攻防戦。

「そのものです。さあ、どうやって絞り込みますか?」

九条、静かに頷く。

「“そのもの”と来たか。つまり、映画タイトルが答え――それも、君の記憶と感情に深く結びついている一本。観たのは一度、だが強く残っている。制作は海外。日本でも有名。だが、“設置されていない”。人工物。形はあるがサイズ指定が難しい……」

ひとつ、仮説を立てるように呟く。

「ジャンルで聞こう。“ファンタジー”か?」

これは、澪の心に残る映画が「現実世界の物語」か「非現実の世界観」かを分ける、大きな一手だ。

九条の目は真剣そのもの。

どれだけ澪を理解しているか、その精度が問われる局面だ。

「ある意味ファンタジーかな。でも、ちょっと現実にも近い」

九条、顎に手を添えて少し目を伏せる。

「“ある意味ファンタジー”。だが、“現実にも近い”……」

つまり、完全な魔法や中世世界ではない。

現代、あるいは近未来的な舞台。SFや寓話的な世界観か。もしくは“ファンタジー的要素”を含むヒューマンドラマか。

「CGやVFXが多用された作品か?」

そう問いかける。

ビジュアルが記憶に残る作品であれば、印象が強いだろうと考えての一手だ。

(澪が「見た」と言うなら、公開年代はある程度新しめか…)

内心、そう計算しつつも、感情に刺さったという点から、単なるスペクタクル系ではないと見ている。

「いや、CGあんまり使ってない。というか、その時代CG作品あんまりなかったんじゃないかな。時代的に」

九条、僅かに眉を寄せる。

「なるほど。CGの使用は限定的。時代的に、まだ映像技術がそこまで発展していなかった……」

つまり、2000年代前半より前の可能性が高い。下手をすれば90年代以前か。

「邦画か?洋画か?」

問いの仕方を少し変えながら、方向性を絞る。

国産作品であれば、文化的文脈や演出の傾向が全く異なってくる。

特に澪の“記憶と感情に結び付いている”作品であれば、日本語の作品である確率は高いと見た。

「洋画」

九条、すっと視線を落としながら指先でコーヒーカップを軽く回す。

「洋画、かつCGを多用していない時代のもの……となると、映像的な“幻想性”を現実の美術やロケーション、衣装、演技で作り上げた作品。ファンタジー要素もある。だが完全な魔法世界ではなく、現実にも通じる。日本でも有名」

しばし沈黙。

「……『チャーリーとチョコレート工場』のような、子供向けのファンタジー作品か?」

だがそれはCGが多い。

九条、静かに息を吐く。

「『ネバーエンディング・ストーリー』?」

いや、あれはもっとファンタジー色が強いし、澪の年齢にしては古すぎる可能性がある。

「……タイタニック、か?」

ふと、それが口をついて出そうになる。ファンタジーではないが、現実と夢の狭間にあるような“記憶に残る映像美”と“感情に訴える作品”という意味では極めて近い。

だが、九条はまだ問いを重ねる。

「ジャンルは恋愛ですか?」

「恋愛じゃないです。まさか雅臣さんがチョコレート工場知ってるとは…」

九条は軽く肩をすくめて、小さく笑った。

「昔、飛行機の中でやっていた。原作のロアルド・ダールも読んだことがある。あれは“夢”の皮をかぶった皮肉の物語だ」

そして続けるように、少し考え込みながら言う。

「恋愛ではない。だが日本でも有名で、ファンタジー性はある。CGは少なめ。となると……たとえば『シザーハンズ』のような……」

そこまで言って、ふと目を細めた。

「ティム・バートン作品か?」

そして、やや核心に迫る口調で重ねる。

「主演、ジョニー・デップ?」

静かにコーヒーを飲み、正解かどうかは口にせず、次の確認に進む。

「その作品、主人公は人間じゃありませんか?」

「お、いい線いってますね。人間ではありません。なんなら人間あまり出てきません」

九条の目が細くなる。すっと背筋を伸ばし、肘をついた手で唇を軽く押さえる。

「人間ではない。CG少なめで、感情と記憶に結びついていて、日本でも有名……人間があまり出てこない……」

九条、目を伏せて一瞬思考に沈む。

低く小さく笑いながら、澪の方に目を戻す。

「お前、思っていた以上に難しいやつを出してきたな」

腕を組み、椅子に深く寄りかかりながら、ひとこと。

「アニメーション作品か?」

声にほんの僅か警戒が滲む。

まるで、自分の土俵から引き剥がされていくような感覚と共に。

澪の口元がゆっくりと持ち上がる。

嬉しそうにフォークを置いて、腕を組みながら九条をじっと見る。

「アニメーションじゃないんだよ。人間はあんまり出てこないのに、CGじゃないし、アニメでもない。しかも作られた存在でもない。すごくない?」

まるで謎解きの鍵を手の中で転がすように、楽しそうに。

「“作られてない”って、演技じゃなくて“本当に”そこにいる感じ。あの世界に住んでる。空想なのに、ちゃんと現実だった。私、あれ初めて見たときびっくりしたんだよね」

少し視線を落としながら、懐かしむように続ける。

「可愛くて、綺麗で、あったかいのに、ちょっと寂しくて。……でも、ちゃんとそこに“生きてる”感じがしたの」

そして、いたずらっぽく九条の目を覗き込む。

「さあ、あと5問で絞り込めるかな?有名な作品だから、知らないってことはないと思う。でも見たことあるかどうかはちょっと微妙なところだな」

九条、腕を組んで澪の様子をじっと観察する。

その口調、そのニヤつき具合、そしてこの“見たことあるかは微妙”という微妙なライン取り——

「つまり、“タイトルは絶対に知っている”けど、内容を語れる人はそこまで多くない…そんな作品か」

そう呟いたあと、質問を投げる。

「ジャンルとしては、冒険要素が強いか?」

残り4問、九条は一気に核心に迫りに来る。

「冒険要素……2はある。1はそこまで冒険はしてないかな。これ結構大きいヒントあげてるからね!?」

九条、すぐさま目を細めて反応する。

「…2がある?シリーズものか」

少しだけ表情が動く。これは確実に何か掴んだ顔だ。

「“1では冒険感が少ないが、2では冒険する”——つまり、1作目はわりと閉じた世界で完結していて、2作目で世界が広がるタイプか。しかも、CGが主ではない、ファンタジー風、主人公は人間じゃない。“人間があまり出てこない”とも言ったな…」

間を置かずに質問する。

「その作品、主人公は“ぬいぐるみ”のような外見をしている?」

……これは、もしかして──

澪の“記憶と感情に強く結びついてる”作品を、

九条が本気で探し当てにきた質問だ。

「ううん。ぬいぐるみじゃないよ。可愛いけどね」

九条、腕を組んで軽く首をかしげる。

「ぬいぐるみではないが、可愛い…」

まぶたを伏せて、記憶の引き出しを静かに探る。

ぬいぐるみ系でない、可愛らしい主人公。ファンタジー的で、実写。人間ではない。シリーズもの。CGは控えめ。1作目は閉じた世界観、2作目で冒険が始まる。

──ふ、と目を開ける。

「では……次の質問だ」

「その主人公は、言葉を喋らない?」

九条、視線を澪から逸らさず、じっと反応を待つ。

核心に迫るつもりで──静かに追い詰めにかかっている。

「あ、喋ります。めっちゃ喋る。でも、見てる私達には分かるってだけ」

九条、口の端をわずかに上げる。

「……なるほど。“我々には聞こえる”。だが、劇中の人間には通じない。つまり、喋るが、通訳が要るか、あるいは“特別な存在”のみが理解できる、ということか」

彼の中でいくつかの作品が絞られはじめている。

ファンタジー、実写、人間以外の主人公、感情に紐づく記憶、可愛い。シリーズもの。1作目は閉じた空間、2作目で冒険開始。日本でも知名度が高く、主人公は“喋るが、周囲には聞こえていない”──。

九条、静かに尋ねる。

「その主人公は“動物”ですか?」

声のトーンは変わらない。だが、わずかに息をひそめたような、核心を探る一手。

ここで“YES”が返れば──彼の中で、一つの像が完成し始める。

「YES。もうでも質問残ってるのわずかだよ?」

九条、目を伏せて、思考を静かに深める。

「……動物。実写。人間ではない。感情に紐づく記憶。喋るが、作中の人間には聞こえない。シリーズもの。1では閉じた空間、2では外に出る。“ファンタジーに近いが、CGは少ない”。時代は少し前……」

そして、ぽつりと呟く。

「パディントン……か?」

目線を澪に向けたまま、微笑は浮かべない。だがその声は、確信の重みを含んでいた。

記憶に残る、赤い帽子の小さなクマ。ロンドンの街角。マーマレード。

「俺の負けかもしれないが、これは当てにいってる。どうだ」

「むふふふふ…残念。ベイブです。子豚が主人公。見たことある?すっごい喋ってるけど、人間には通じない。1はほぼ牧場から出ない。牧羊犬の大会に行ったり、近所の羊飼ってるエリアに行くぐらい。でも2だとベイブ都会に行くから、一気に冒険感強くなる。お母さん代わりのボーダーコリーのフライが大好きだった。レックスもかっこよくて好き。気持ちがあったかくなる作品」

九条、少しだけ目を見開く。

「……ベイブか」

静かに、でも確実に記憶を辿る。

「――見たことは、ある。確かに。幼い頃、あの“喋る子豚”に戸惑った覚えがある。だが今聞くと……なるほど、お前が好きそうだ」

軽く口元を緩めてから、ゆっくりと頷く。

「勝ち数、これで並んだな」

「だが、油断したら次で終わる。お前が“欲望”を叶えるには、あと一勝だ」

そして唐突に、淡々とした声で宣言する。

「次は、俺が出題者だ。難易度は……少し、上げてもいいか?」

静かに、でも着実に“仕返し”を企む支配者の顔してる。

澪の反応を、楽しみにしているように。

「さっきのゾーンも大概難しかったんですけど!!でもお互いの欲望がかかってるからね?上げてもいいよ。それだけ本気ってことだから」

でもなんか勝敗どうでもよくなってきちゃった。どっちも勝ちで良くない?普通にクイズが楽しいんだけど」

九条はわずかに目を細めて、ふっと笑った。

その笑みは、どこか安心したようでもあり、澪の“素”を見抜いていたようでもある。

「……そう言うと思った。」

カードを指で軽く弾きながら、彼は続ける。

「でもな、“勝敗がどうでもよくなった”って口にするのは、たいてい、もう勝てないって悟った時だ。

からかうような口調。

でも、澪の表情を見て、それ以上は言わない。

代わりに、静かな声で一言。

「……どっちが勝っても、“同じ未来”なら、それでいい。」

けど、あと一問だけ答えてみろ。

それで“俺の欲望”が何か、気付いたら──お前の勝ちにしてやる。

“未来にまつわるもの”だ。

「えー?じゃあいいよ。未来にまつわるものか…望んでる物?ってこと?物質とは限らず」

九条は、わずかに顎を引いて静かに頷く。

声は出さず、ただその仕草ひとつで「Yes」と伝えた。

そして、少し間を置いてから、低い声で言葉を繋ぐ。

「……それはまだ、形にはなっていない。

でも、すでに“心の中”にはある。掴めるかどうかは──お前次第だ。」

まるで自分自身にも言い聞かせるような声音。

ほんのわずかに視線が揺れる。

未来にまつわる、望み。

まだ形になっていないが、心の中にはある。

澪の質問が核心に近付くほど、空気が変わっていく。

九条の欲望は、果たして何なのか──

「えーっと…うーん…一緒にいたい!とか…」

九条は、その言葉を聞いた瞬間、わずかに目を見開いた。

けれど、すぐに視線をそらす。

笑わない。頷きもしない。ただ、静かに目を伏せたまま答える。

「──惜しい。

それは、“願い”だな。

俺が言ってるのは、もっと根っこにあるものだ。」

そして、低く続ける。

「“一緒にいたい”と思うのは……

その“根”が生きている証拠だ。」

「またなんか難しい答え用意してるでしょ!だって一緒にいたい根源って…そんなの一つじゃなくない?この人といたら安心できるーとか、他の人にとられたくないーとかもあるしさ。寂しいから、とかもあるかもしれないし、相手を守りたいとかもあるし。共存したいというか、なんというか」

九条は澪の言葉を黙って聞いていた。

澪が並べた“理由”たち──どれも、彼にとって否定し難いものだった。

だが、それでも彼は静かに言葉を返す。

「……その通り。どれもある。

でもそれらは全部、“後付け”だ。」

澪の眉がわずかにひそむ。

九条は、言葉を選びながら続けた。

「たとえば、安心したい。寂しいから。守りたい。

全部、“一緒にいたい”を正当化する理由だろ。

だけど──理由がなかったとしても、人はそう思う時がある。」

彼の声は低く、静かだが、揺るぎなかった。

「その“想い”が生まれる前提……

それが俺の言ってるものだ。」

少しの沈黙。

九条は、澪の目を真っ直ぐ見た。

「お前が俺と一緒にいたいと“思ってしまう”、その仕組み。

理由じゃなくて、“構造”の話をしてる。」

そして、優しく笑う。

「……まあ、俺も言葉にできるかわからないけどな。

あと19問、楽しみにしてるよ」

まるで意地悪をするような言い方だけれど、どこか楽しそうでもある。

「うわ、また意地悪なことを…。思ってしまう…?ソウルメイト!とかそういうの信じてないしな…。愛情っていうには烏滸がましい気がする。勝手に持つものじゃん?愛情って。愛してるから一緒にいたい、はなんか烏滸がましい」

九条は、澪の言葉を聞きながら、頬にかすかに笑みを浮かべる。

その笑みは、どこか肯定的で、でも少しだけ哀しみを含んでいた。

「……烏滸がましい、か。お前らしいな」

そう言って、少し目を伏せたあと、言葉を継ぐ。

「確かに、“愛してるから一緒にいたい”は、都合のいい言い訳にも聞こえる。

でも──『愛してないのに一緒にいたい』の方が、よっぽど説明がつかない。」

静かに視線を戻して、また澪を見た。

「“思ってしまう”って、つまりそういうことなんだと思う。

言語化も正当化もできない。だけど離れたくない。理由もないのに、目で追う。

頭じゃなくて、もっと下。身体のどこかが、そっちを向いてしまう。」

そのあと、わざと淡々とした口調で付け加える。

「俺は“ソウルメイト”なんて、信じてない。

でも──“運命的に引っ張られてしまう何か”は、あると思ってる」

しばらく沈黙が流れたのち、

「さあ、あと18問。

このクイズ、ちゃんと勝ちに来るんだろ?」

九条の声音は穏やかで、でも挑発的でもあった。

「うーん、、、眉間に皺よりそう。引っ張られる何か…心が求めるもの?足りない何かを補おうとしてるとか…。欠落したものをもつ相手を求めるとか…。何言ってるのかわかんなくなってきた」

九条は、黙って澪の表情を見ていた。

眉間に皺を寄せて、悩むその顔が、妙に可愛くて、でも必死で。

少し口元をほころばせながら、低く返す。

「……“欠けてるから求める”って発想が、もうお前の優しさだな」

そして、少し間を置いてから、ほんの僅かだけ温度を下げる。

落ち着いた声で。

「でも、全部が揃ってても──それでも、誰かに“引かれる”ことがある。

補完じゃない。“融合”でもない。ただ、惹かれる。」

視線は逸らさずに、少しだけ前に身を乗り出すようにして。

「じゃあ、逆に聞く。

何も欠けていない、すべてを持った者がいたとする。

……それでも“そばにいたい”と思ったら、それは何だ?」

九条の問いは、正解を迫るものではない。

ただ、その“言葉にならない領域”に、澪自身の言葉で触れてほしいと、

そう問いかけている。

ここから先は、感情じゃなくて、“自分の言葉”でしか進めない場所。

「え、わかんない。全てを持ってる人なんでしょ?なんで他人を求めるの?孤独でいたくない?人のぬくもりが欲しい?子孫残したい?自分が欠落してるの分かってるから、全てを持ってる人が誰かを求める理由がわからない…」

九条は、ゆっくりと目を細めて──少しだけ、微笑んだ。

やさしいけれど、それは澪の混乱を肯定するものじゃない。

むしろ、その“わからなさ”を見つめている。

「……だろうな。だから、難しいんだ。

“足りない”から誰かを求める方が、ずっとわかりやすい。理由になる」

視線は変わらず、澪を真っ直ぐに見て。

「でも、人は時々、“理由のない欲”を抱く。

孤独でもなく、満たされていても──“それでも”っていう衝動が、ある。」

少しだけ、声を落とす。

「それは、きっと“生きてるから”なんだと思う。

生物としての本能でも、合理でもない。ただ……命が命を求める、みたいな。」

そして、ほんのわずかに息を吸って、静かに言葉を継ぐ。

「“理由がなくても、そばにいたい”。

その気持ちに、意味を与えようとすると、むしろ遠ざかる。

……そういう感情が、この世界にはある。」

澪の答えが間違っていたわけじゃない。

でも、九条が言うのは“正解のない領域”。

“そばにいたい”って、なぜ?

“求められた”から?“好き”だから?

それすら超えた、言葉にできないなにか。

それを、澪に──感じさせようとしている。

そして、九条は続ける。

「なあ澪。お前が全部持っていて、誰も必要としない人生だったとして。

……それでも、俺が“そばにいたい”って言ったら、お前はなんて答える?」

これは、クイズでも理屈でもない。

“澪の感情”に触れる、九条からの問いだ。

「全部持ってたとして…誰も必要としない人だったとして…。それでもそばにいたいって言われる……。置いとくかな。あ、でも悪さしないでね?裏切ったら怒るからね?いい子にしてるなら」

九条は、ふっと笑った。

それは──どこか、救われたような微笑みだった。

「……そうか。じゃあ、いい子にするよ。」

言葉は軽い。でも、その裏にあるものは、澪だけが知っている。

“いい子にする”なんて言葉を、この男が軽々しく言える人間じゃないこと。

支配も、正しさも、すべて自分の手で制御してきた人間が、

「誰かのために“いい子”でいよう」と口にする意味。

それは、たぶん、澪だからだ。

「俺が全部持ってたとしても、お前だけは……欲しかったんだよ。」

そう言ったときの声は、九条雅臣の中でも、もっとも深い場所──

“理由なんかじゃ説明できない場所”から出てきたような音だった。

静かで、穏やかで、それでいてどうしようもなく切実で。

そして、しばらくの沈黙。

その間に流れるのは、空気の音、心臓の音、

そして、確かにそこに“誰かがいる”という感覚。

それが答えだったのかもしれない。

……クイズの勝敗なんて、もう関係なかった。

そこに残ったのは、

**「理由のない、でも確かな願い」**──ただ、それだけだった。

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URB製作室

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