17.【Australian Open 2025】Round of 16, 2nd Set “人間が声を張る理由 / Why Humans Raise Their Voices”

【第1ゲーム】人間の意思で動き始める

セット間。

テイラー・リバースは、ベンチに深く腰を下ろした。

肩で呼吸を繰り返しながら、何度も自分の手を見つめていた。

その目に宿っていたのは、“戦意”ではなく——

**「もう一度、ちゃんとやる」**という、

人間だけが持てる“自分への命令”だった。

ナイトセッションの照明が、

彼の顔をきらりと照らす。

汗が一筋、まっすぐ頬を伝った。

コートへ戻ると、彼は観客席に向かって拳を掲げる。

“Let’s fing go!!”*

「さあ、いこうぜぇぇッ!!」

——観客、爆発。

太鼓、手拍子、足踏み、声援。

ジョン・ケイン・アリーナが揺れる。

だがその熱に、彼は溺れない。

**「一緒に戦ってくれ」**と、冷静に繋ぎにいく表情だった。

1ポイント目。

センターへ強く打ち込むサーブ。

回転は少ないが、コースは鋭い。

九条、リターンを構える。

——ほんのわずかに、打点が合わなかった。

ラケットの先。

ボールはクロスへ流れてアウト。

——15–0

“Keep going, Tay!!”

「そのまま行け、テイ!」

2ポイント目。

ワイドへ。

九条、わずかに届かず。

ラケットはかすったが、返球は浮かない。

——30–0

観客のボルテージが再上昇する。

拍手が徐々にリズムを持ちはじめ、

「このセットは違う」という空気が、会場に広がっていく。

3ポイント目。

テイラー、呼吸を整えてセンターへ。

九条、今度は綺麗にリターン。

深く、滑るようにベースラインへ届く。

テイラー、後ろに下がって耐える。

— だが、ラリー中に観客が叫んだ。

“Finish it!”

「決めろーっ!」

その声に合わせて、テイラーは叩き込む。

ぎりぎり、ライン内。

——40–0

会場、歓声とともに立ち上がる人も出てくる。

彼が“意思で動いている”ことが、観客の心を繋げていた。

4ポイント目。

セカンドサーブ。

九条、構えは変えず。

リターンは深いが、やや角度が足りない。

テイラー、そこを狙って前に出た。

ドロップ気味のスライスで、

ネット前へと落とす。

——Game Rivers. 1–0

拍手。

歓声。

そして、共鳴

人間の意思が、初めてこの夜に火を灯した。

たとえそれが、“冷たい演算”に向かう1点であっても。

【第2ゲーム】声援に揺れない起動回路

観客のボルテージが上がった直後。

それに“応える”べきターンが来た。

——だが、そのつもりは最初からなかった。

九条雅臣、サーブ位置に立つ。

すでにトスモーションに入っていた。

1ポイント目。

センターへのフラット。

打点はいつも通り。

体の角度も、足の位置も、何も変わらない。

テイラー、食らいつく。

リターンは浮いた。

九条、ステップイン。

フォアで叩き込む。

——15–0

“Stay hot, Tay!”

「気合い切らすなよ、テイ!」

“Move! Read that serve!”

「動け、読めるだろ!」

観客の声が飛ぶ。

だが、九条の耳には届いていない。

まるで“音を遮断する回路”でも通しているかのように。

2ポイント目。

ワイドへ逃げるスライス。

ラケットの下を滑るような軌道。

テイラー、体勢が崩れながら打ち返す。

ネット。

——30–0

ベンチに戻る観客の足音すら聞こえるほど、

コートに**“静寂”が戻り始めていた。**

3ポイント目。

今度はセンターへ鋭いキックサーブ。

球足はやや高く跳ねた。

テイラー、リターンするも甘い。

九条、そのまま逆クロスへ。

——40–0

彼は、音を聞いていなかった。

相手を見てさえいなかった。

彼は、すでに“演算を終えていた”。

ゲームポイント。

最後のサーブ。

ワイドへ。

リターンはかすった。

だが、ネットを越えない。

Game Kujo. 1–1

「静かすぎる」

そう誰かがつぶやいた。

たしかに、歓声はあった。応援もあった。

だがそのすべてが、“届いていなかった”という結果だけが残った

【第3ゲーム】テンポが崩れたのは誰か

再びテイラーのサーブゲーム。

彼は一度、ラケットを握り直すと、観客に背を向けて深く呼吸した。

“もう一度、自分のテンポで。”

——そう、願っていた。

1ポイント目。

センターへフラットサーブ。

勢いは十分。

だが、九条のリターンが予想より早かった。

踏み込みなし。

バックスイングも最小限。

にも関わらず、打球はベースライン際へと突き刺さる。

テイラー、届かない。

——0–15

“He’s reading you too fast!”

「読まれてる、速すぎる!」

観客の中から飛んだその声に、

テイラーはわずかに眉を寄せた。

2ポイント目。

ワイドへ逃がすスライス。

リターンは甘くなった。

チャンス。

テイラー、振り抜く。

——入らない。

ほんの数センチ、ラインの外。

——0–30

観客の拍手が、一瞬止まる。

「あれが入っていれば」

そんな空気が揺れて、またざわつき始める。

3ポイント目。

トスを上げるタイミングが遅れる。

再トス。

会場がざわつく。

テイラー、深呼吸。

センターへ。

九条、踏み込んで逆クロスへ返す。

——またもベースライン際。

テイラー、反応はできた。

だが、体勢は崩れ、打球は浅くなる。

九条、すかさず前へ。

フォアのドロップ。

——ポイント終了。

——0–40

テンポが崩れたのは、誰だったのか。

観客の声?

プレッシャー?

それとも、九条の静かすぎる“時間”に呑まれたのか。

ブレイクポイント。

テイラー、サーブを打つ。

それなりに良いコース。

だが、リターンが速すぎた。

強打ではない。

むしろ、“置かれた”ような精密な球。

テイラー、走る。

——届かない。

Game Kujo. 2–1

コート上には、騒がしさと静けさの二重構造があった。

そのどちらに適応できるか。

それが、この夜の勝敗を分ける鍵だった。

【第4ゲーム】応援が後押しに変わる時

テイラー・リバースは、胸元を2度叩いた。

「もう一度、自分を戻す」

——そう言わんばかりに。

そして、観客席を見た。

拳を握り、ラケットを高く掲げる。

“C’mon!! I’m still here!!”

「まだ終わっちゃいねぇぞ!!」

会場が、呼吸を合わせた。

1ポイント目。

センターへ全力のサーブ。

九条、リターン構え。

だが、コースが読めなかった。

ラケットがわずかに遅れた。

サービスエース。

——15–0

観客が一斉に立ち上がる。

“Let’s go, Tay!!”

「テイ、行け!!」

“You’ve got this!”

「やれるって!」

2ポイント目。

ワイドへ。

九条、今度は届く。

リターンは深く、やや角度もある。

テイラー、落ち着いて処理。

ラリーに持ち込む。

5本目の打球。

テイラーがスピンを強めて逆クロスへ。

九条が踏み込む。

——が、アウト。

ミスを誘われた。

——30–0

拍手、歓声、太鼓の音。

「彼らはもう、“一体化していた”。」

選手と観客、その境界が消えかけていた。

3ポイント目。

今度は緩急。

セカンドサーブで揺さぶりをかける。

九条、前に出て強打。

だが、コースが甘い。

テイラー、カウンター気味に叩き込む。

——40–0

「届いた!」

誰かが叫ぶ。

“He’s feeling it!”

「テイラー、波に乗ったぞ!」

4ポイント目。

ノータッチエースを狙ったフラット。

わずかにラインを外れた。

1本落とす。——40–15

だが、観客はまったく気にしない。

それどころか、**「もう1本」**と手拍子が加速する。

5ポイント目。

トス。

空気を切り裂くようなサーブ。

今度はセンター。

九条、バランスを崩しながらも返す。

——だが甘い。

テイラー、思い切り振り抜いた。

——ゲーム終了。

Game Rivers. 3–1

この夜、**「応援が後押しに変わった」**瞬間だった。

騒がしいだけの声ではなく、

**“選手の意思に、呼応した歓声”**になっていた。

だからこそ、次の瞬間が冷たく映えるのだ。

【第5ゲーム】その1ゲームは“血の勝利”

テイラーは小さくガッツポーズを作った。

それは拳というより、自分の手のひらを“まだ戦える”と確認する仕草だった。

観客も揺れていた。

声ではない。

「心」で押し始めた空気だった。

——だが。

九条雅臣は、変わらなかった。

1ポイント目。

トス。

完璧。

センターへのフラット。

打球音が響いた時には、もうポイントが終わっていた。

テイラー、動けない。

——15–0

“Don’t let him get back!”

「押し返せ!流れを切るな!」

観客席、早くも焦り始める。

2ポイント目。

今度はスライス気味のワイド。

球が低く逃げていく。

テイラー、スライドしながらラケットを伸ばす。

届いた。返した。

だが甘い。

九条、逆クロス。

ラケットの芯でとらえる。

打球は弧を描かず、沈んだ。

——30–0

拍手が割れかける。

「なんでだよ」

誰かが呟いた。

3ポイント目。

テイラーは顔を上げていた。

このまま押し切られるわけにはいかない。

——全力で前に出る。

セカンドサーブを叩きにいった。

リスクの高いアプローチ。

だがそれが、

“刺さった”。

九条、読んではいたが遅れた。

リターンは浅く、

テイラーが打ち込む。

——30–15

会場が、熱を取り戻す。

“YES!”

“Come on, Tay!”

4ポイント目。

テイラー、また前へ出る。

今度はワイドへのサーブを意識させておいて、センター。

九条、リターン。

速い。

でも、読まれていた。

テイラー、ベースライン際で待っていた。

打つ。叩き込む。

深い。

九条、スライスで返す。

ラリーが続く。

——5往復。6往復。

そして7球目。

テイラー、強打。

——入った。

——30–30

観客、全員が立ち上がる。

叫びが、“鼓動と一体化”した。

5ポイント目。

九条、サーブモーション。

テイラー、後ろへ下がりすぎた。

読まれていた。

サービスエース。

ワイド、ノータッチ。

——40–30

観客が息を飲む。

だが、テイラーは首を振らない。

6ポイント目。

セカンドサーブ。

今度は前に出ない。

後ろで構える。

リターン。

高く跳ねた。

九条、バウンドを待って——

打ち込む。

深く、鋭く。

ラケットを握る手がしなる。

テイラー、飛びつく。

……ネット。



Game Rivers. 3–2

この1ゲームは、彼の“気持ち”の勝利ではなかった。

“血”だった。

声でも、技術でもない。

ただ、感情の中にある**「残りかすの体力」だけ**で奪った1点。

だが、演算は——

それすら記録に残さない。

【第6ゲーム】観客が息を合わせてきた

テイラーが椅子に腰掛けると、

背後のスタンドから一斉に拍手が起こった。

手拍子ではない。

叫びでもない。

ただ、**「息を整えるような拍手」**だった。

誰かが言った。

“We go together.”

「一緒にいくぞ」

九条が立ち上がる。

手にはラケット。

表情は変わらず。

汗は少ない。

——ただ静かに、

“演算を再開する装置”としてコートに立った。

1ポイント目。

センターへのスピンサーブ。

球足が跳ねる。

テイラー、届いた。

ラリーへ。

だが、ラリーは続かない。

4球目、九条のフォアクロスがライン際に落ちた。

——15–0

観客は黙っていない。

“Stay in it!”

「集中しろ、テイ!」

“You know the rhythm now!”

「リズムは掴んだはず!」

——応援が、“内容を持ち始める”。

2ポイント目。

今度はスライスでワイドへ。

テイラー、前に出ようとしかけて、止まる。

——判断ミス。

ラケットの角でしか捉えられなかった。

ネット。

——30–0

テイラーの肩が揺れる。

だが、顔を上げると、客席がまた手を叩く。

応援が“支え”になっていた。

3ポイント目。

サーブはセンター。

九条、いつもと違うテンポで打つ。

ほんのわずかに“溜め”を作って——

叩き込む。

テイラー、反応が遅れた。

——40–0

ブレイクされて以降、

このセットで最も淡白なポイントだった。

でも、誰も「つまらない」とは言わなかった。

それは、“立ち向かっている”姿勢が残っていたから。

4ポイント目。

セカンドサーブ。

テイラー、前へ出る。

叩く。

返される。

再び打つ。

だが——

九条、体を開いて逆クロス。

その1球で、すべてが終わった。

Game Kujo. 4–2

観客は、静かにならなかった。

それは“諦め”ではなく、共鳴の継続だった。

ただ、

「人間ができること」と「処理が可能なこと」の違いを、

皆が、少しずつ理解し始めていた。

【第7ゲーム】ブレイクバックの幻想

テイラー・リバースの背中が、

今だけは、**「戦う者の背中」**だった。

観客がそれを見ていた。

「もう一度ブレイクすれば、並ぶ」

誰もがそう信じていた。

でも、それはまだ——

「可能性」の話だった。

1ポイント目。

センターへ。

リスクの低いサーブ。

精度は高い。

だが——九条が踏み込んだ。

リターン、一直線。

バウンド後に跳ねず、滑る。

テイラー、反応遅れ。

返球は浮き、九条が叩き込む。

——0–15

“That’s okay!”

「大丈夫だ!」

“Next one!”

「次いこう!」

観客が叫ぶ。

まるで自分たちの声が、

ポイントをひとつずつ作っているかのように。

2ポイント目。

今度はワイドへ。

スライス気味のサーブ。

九条が追いかける。

やや角度が浅い。

返球——ネット。

——15–15

「取った!」

そう思えるだけの1点。

テイラーが小さくうなずいた。

3ポイント目。

観客が手を叩く。

テンポを刻むように。

テイラー、深くトスを上げる。

——センター。

全力のフラット。

九条、しっかり読み切る。

ベースラインへ一直線。

テイラー、後退。

だが対応が遅れる。

打ち返す。甘い。

九条、前に出る。

フォアの逆クロス——

ライン上。

——15–30

「読まれてる」

そんな声が漏れた。

4ポイント目。

ワイドへ。

やや外れ気味。

セカンド。

再びワイドへ逃す。

九条、踏み込んでリターン。

ラリー。

3球、4球、5球。

だが、観客の手拍子が速くなるにつれて、

テイラーの動きが浮き始めた。

——6球目。

浅くなった球を、九条が静かに置いた。

ネット前、ドロップ。

走る。間に合わない。

——15–40

ブレイクバックの幻想が、ひび割れていく。

5ポイント目。

テイラー、サーブモーションに入る。

——だが、トスがずれた。

キャッチ。

観客がざわつく。

もう一度。

深く、息を吸って。

今度はセンターへ。

精度は高い。

だが、九条はもう——

そこにいた。

完璧なリターン。

直線。

走る間もない。

——Game Kujo. 5–2

幻想だった。

たしかに、彼は戦っていた。

観客も支えていた。

“戻ってこられる気配”は、あった。

でも、それは「希望」だった。

九条が処理していたのは、未来だけだ。

【第8ゲーム】激情が演算に潰された瞬間

テイラー・リバースは、声を出した。

“Let’s go!!”

「やってやる!」

観客がそれに応える。

コートの周囲に、声と拍手と踏み鳴らす音が重なる。

まるで闘争の儀式だった。

その中心で、九条雅臣はラケットを持ち直す。

——彼には、何の変化もなかった。

1ポイント目。

センターへのフラット。

やや回転を強めた球。

重い。

テイラー、反応はできた。

だが、ラケットの芯を外した。

——15–0

観客がすぐさま声を出す。

“Still with you!”

「まだいけるぞ!」

“Come on, Tay!”

熱気が落ちない。

だが、九条の呼吸は完全に一定だった。

2ポイント目。

スライス気味のワイド。

テイラー、今度は早く動いていた。

読めていた。

リターン、深く。

九条、やや下がってラリーに持ち込む。

3球、4球、5球。

テイラー、回り込んでフォア。

強打。

深いクロス。

だが、九条が1ミリも体をブレさせず、

逆方向へコントロール。

——30–0

観客が一瞬、声を失う。

「なんで今のが返る」

「止めたんじゃない、処理しただけだ」

3ポイント目。

センターへのキックサーブ。

跳ね上がる。

テイラー、タイミングを合わせきれない。

当てただけの返球。

九条、そこへ踏み込む。

一切の力みがないスイング。

ボールは静かにコートに突き刺さった。

——40–0

激情は、生き残れなかった。

ゲームポイント。

観客が立ち上がる。

この1ポイントを、何とか返したい。

テイラーも叫ぶ。

“Not done yet!!”

「まだ終わってない!」

その声を無視するように、

九条はいつも通りの動きでサーブを構える。

——ワイドへ。

完璧なコース。

ノータッチ。

返球、できない。

Game Kujo. 6–2

激情が潰されたのではない。

“計算の中に収められた”のだ。

誰かの声が、静かに漏れる。

「壊れてるのは、どっちなんだろうな」

#チーム九条 / オーストラリア2025
蓮見 7:33 PM
“一瞬も荒れてない”な。
今の九条、たぶん一拍ごとに“同じコード”で動いてる。
氷川 7:34 PM
コートの中心が、ずっと“止まってる”ように見える。
騒いでるの、周囲だけだな。
※Slackはスマートグラス経由の音声入力で送信されています。

【第9ゲーム】破壊:感情の臨界点

テイラー・リバースは、ベンチに座っていなかった。

コートの隅で、ラケットを片手に突っ立っていた。

額から落ちる汗を拭きもせず、

ただ、立ち尽くしていた。

観客も静まっていた。

“彼が、何かを壊すのではないか”

そんな空気が、張りつめていた。

1ポイント目。

サーブ、センターへ。

悪くない。速度もある。

だが——

九条のリターンは、それを無視したように直線で返ってきた。

バウンド、ライン上。

テイラー、触れない。

——0–15

“Breathe, Tay!”

「呼吸して!テイラー!」

観客の叫びが、やや震えている。

2ポイント目。

トスが乱れた。

キャッチ。

もう一度。

深呼吸。

それでも、胸が上下している。

再トス、ワイドへ。

九条、前へ出た。

テイラーは咄嗟に強打した。

——だが、力みすぎた。

打球はネットを越えず、ワイヤーを直撃した。

——0–30

観客が沈黙した。

テイラーは、ラケットを見た。

グリップを握りしめる。

……指が、白くなる。

3ポイント目。

今度は入った。

良いサーブ。ワイドへ逃がす。

九条、届かない。

リターンは浮く。

テイラー、強打。

打球はサイドラインぎりぎりに突き刺さる。

——15–30

その1点が、一縷の希望になった

が、テイラーの目に光はなかった。

4ポイント目。

サーブは甘い。

セカンド。

九条、読んでいた。

リターン、角度のついたクロス。

テイラー、追いすがるが届かない。

——15–40

「お願い、もう一本」

誰かがつぶやいた。

でも、その声すら遠かった。

ブレイクポイント。

テイラー、サーブモーション。

……だが、

——打たなかった。

トスを上げた手が、空中で止まった。

そして、

ラケットを地面に叩きつけた。

乾いた音。

グリップ側から砕けるように折れたフレーム。

どよめき。

審判が静かに立ち上がる。

——テイラーは何も言わなかった。

替えのラケットを手に取り、何事もなかったように戻った。

再トス。

センターへ。

九条、ラケットを差し出す。

ボールは——

打たれることすらなく、ミスを誘われた。

ネット。


Game Rivers. 5–4 

感情が壊れたのではなかった。

“記録された”のだ。

彼の中にあった何かが、九条の静かな処理に書き換えられた。

ただ、それでも次のゲームは始まる。

【第10ゲーム】処理完了、ただし無感情

テイラー・リバースの背中が揺れていた。

観客はまだ希望を捨てていなかった。

だがその希望は、**「応援」ではなく「祈り」**に変わりつつあった。

九条雅臣、コートエンドに立つ。

照明がその輪郭を際立たせる。

まばたきひとつの間に、

彼はすでに“処理を開始していた”。

1ポイント目。

トス。

センターへ低く突き刺すフラット。

テイラー、読んでいた。

動いた。

だが、速すぎた。

リターンはまともに当たらず、サイドアウト。

——15–0

“Just one!”

「せめて1ポイント!」

“Stay strong!”

観客の声が、もう焦りに近い。

それでも、彼らは叫び続けていた。

2ポイント目。

今度はワイドへ。

スライス。

逃げる球。

テイラー、滑り込むようにラケットを出す。

当てた。

返った。

九条、前へ。

ショートクロス。

角度が付きすぎていて、誰も触れない。

——30–0

「……もう、演算だけで終わる」

そう思った者がいたとしても、誰も口にはしなかった。

3ポイント目。

センターへ。

今度は回転を強めたキックサーブ。

テイラー、体をひねって合わせる。

ラリー。

3球。

4球。

テイラー、スピンをかけて揺さぶる。

——だが、それは九条には届かなかった。

届かなかった、というのは、

**“処理対象にすらならなかった”**という意味で。

——40–0

マッチポイントではない。

だが、セットの終端が見えていた。

4ポイント目。

観客の誰かが、静かに立ち上がった。

声を出すわけでもなく、ただ見届けるように。

九条、構える。

トス。

フォームに誤差なし。

ボールが空を裂く。

ワイドへ。

エース。

Game and Second Set, Kujo. 6–4

歓声はあった。

拍手も、立ち上がる者もいた。

でも、そこに**“感情の揺らぎ”**はなかった。

ただ、1セット分の処理が終了しただけ。

感情は受け止められなかった。

だが、記録には残された。

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URB製作室

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